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3975.報道比較2020.1.1

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街に出るなら、書を捨てよう。古いものは、すべてゴミ箱の中へ入れて。

Wall Street Journal
米国人もクルマ離れ、好景気でも運転減る (2019.12.26)

世界市場、強気のまま2020年に突入か (2020.1.1)

高級品市場、19年は不調 金融市場と裏腹 (2019.12.31)

朝日新聞・社説
2020年代の世界 「人類普遍」を手放さずに

毎日新聞・社説
拓論’20 民主政治の再構築 あきらめない心が必要だ

読売新聞・社説
平和と繁栄をどう引き継ぐか…「変革」に挑む気概を失うまい

年を経るごとに新年の雰囲気はなくなっていく。昨年を振り返ると、2019年も日産やゴーン氏の話題がWall Street Journalの中心だった。ゴーン氏は1年の中で、年末がもっともチャンスだとタイミングをみていたのかもしれない。これから彼が語る言葉は興味を惹かれる。現役の経済人としてのチャンスは失ったかもしれないが、リーダーとして復活できるチャンスは十分にあるだろう。能力は十二分にあり、自動車業界だけでなくても彼をリーダーにしたいと考える企業はお追いに違いない。日産やルノーだけでなく、彼にしたことが日本経済、政治、行政がどれだけ時代遅れだったかを知ることになるだろう。法を破られたことや制度が機能しなかったことに失望している日本人は多いことだろう。だが、法とは?制度とは?の原点を考えるべきだ。自分のためにカネや時間を使うだけの国会議員が決める法に、どれだけの価値があるのか。守るべきルールは、ある限界を越えた時には破るべき対象にならなければならない。香港を見れば、それは確実に人民が持っている権利のひとつだ。しかし、日本人は沈黙する。諦めて我慢する。変わらないと目を閉じて運命を呪う。ゴーン氏は、そうはしなかった。彼が持っている資産、人脈、知性は、たしかに私たち一般人の持っているものとは別格だ。だが、挑戦するか、成功するかは、どんな立場の人にとっても変わらぬ勇気を求められる。ゴーン氏は、機を待っていた。持っているものを使って、できる限りのもののために挑戦した。これから、彼はさらに挑戦をつづけるだろう。私たちは、挑戦しているだろうか?
日本の新聞は、完全に読むに値しないものに1年を経てさらに劣化した。私がチェックしているのは、彼らの迎合ぶりと余命がどの程度かに変わりつつある。海外紙が国内紙の代わり以上の価値を提供してくれるようになり、新聞の社説は老人の寝言のようになってきた。何の教養もない人が、取材の現場にも立たずに、人類普遍、民主政治、平和と繁栄…頭は大丈夫か?と嫌みを言いたくなったが、最近は不憫で憐れみさえ感じる。いま、彼らは資産を切り売りと子会社の稼ぎで延命している。日本の老人と一緒だ。時代遅れなことしか言えなくり、社会に与えるインパクトはとっくに消えている。寿命が尽きるのはもうすぐだろう。私も、彼らの言葉をいつまで聞くべきか、考える時期に来たと感じる。
Wall Street Journalの記事が、アメリカの変化、高級商材の不調を伝えている。世界にオピニオン・リーダーやビジョナリーと呼べる人はいなくなってきた。誰もが語る権利を持つとともに、誰の言葉も信じられない時代になってきた。だから人はもう金粉を塗っただけのような高級、他人を圧倒するための付加価値には興味を示さなくなっている。本質としての価値、決定的な効率を、過去さえ捨てて吟味しはじめている。アメリカがモータリゼーションと個人主義よりも、公共交通を選ぶ時代。金融市場が活況でも、嗜好品が売れない時代。富裕層の好きなものが、誰もが欲しがる形あるものから、無形で誰にでも手に入れられるものに変わりつつある。私は、時代は良い方に向かっていると思う。若い人の、持続可能な中で楽しむ生き方が反映されていると感じる。古い時代から新しい時代への胎動なら、受け入れる。
何も見えないように感じる時でも、確実に変化は起きている。敏感な人たちが、挑戦しながら、新しい時代をつくる。老人たちには感じられるはずがない。街に出るなら、書を捨てよう。古いものは、すべてゴミ箱の中へ入れて。

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