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3479.報道比較2018.8.30

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アメリカでコーディングを学ぶ受刑者が労働市場で注目されている時、日本は公務員が障害者雇用を水増し。哀し過ぎる。

Wall Street Journal
コーディング学ぶ受刑者、米労働市場ひっ迫も追い風 (2018.8.29)

いろいろな意味で、興味深い話題だった。アメリカは移民なしで国内経済を回すことを真剣に考えはじめている。西海岸でもその動きがはじまったということは、私にはチャンスの減少にも見える。一方で、コードがあらゆる人にとって稼げる技能になっていること、その裾野がますます広がっていることがうれしい。コードは、国境も、民族も、あらゆる価値観を越えていける。コードは世界でいつでも中立で、何かの目的のために作られる。この世界に、少しでも多くの人が、少しでも早くから参加できるのが理想だ。日本の動きを待つ必要などない。すぐにひとりではじめた方がいい。

産経新聞・社説
障害者雇用 水増しの責任だれが取る

日本経済新聞・社説
障害者雇用の軽視が生んだ水増し問題

ようやく日経が障害者雇用の問題を社説で取り上げた。昨日の3紙につづき、これで主要5紙がこの問題を取り上げた。絶対に無視できないような不祥事。日本の劣化を明示する公務員のレベル・ダウン。どれだけの批判をしても足りないのだが…あえて言えば、なぜ40年も放置されてきたのか?だ。40年間とは、日本の失われた30年よりも長い時間。70年代から不正ははじまっていたことになる。つまり、日本の成長神話も捏造と偽装だらけでは?と疑いたくなるような大事件だ。その間、公務員は何人もこの調査に関わっていたはず。知りながら口を閉ざしてきた人たちは1万人は下らないだろう。それだけの嘘つきが公務を行い、メディアも政治家も気づかずに40年も時が経つ国。「おもてなし」やら「もったいない」やらが、失笑されるレベルの卑劣で悪質、世界の誰が聞いても嗤うであろう判りやすい失態。その失敗の重さを、メディアも政治家も、公務員自身もまだ気づいていないようだ。公務員の隠蔽や捏造は、一部の人たちの特異な行動ではなかった。40年も、自らの決めたルールを、どの公務員も平然とごまかし、問題意識も持たず、やり過ごしてきたのだ。私なら、こんな組織が何を言っても信じない。話すのさえ嫌だ。日本の劣化を象徴する事件だ。メディアは、あらめて確認して欲しい。なぜ今まで気づけなかったのか。今回、明るみに出た発端はなにか、を。

Wall Street Journal
中国の「日本製」人気逃すな、中国企業も参入 (2018.8.30)

うれしい話題だが、前述のような失態がつづけば、日本製の持つ意味が上質から偽物に変わる日は近い。すでに私の知るIT業界は、日本をマーケットとしてしか見ていない。他の業界に伝播するのも時間の問題だ。私は日本の努力せずにブランドを語る姿勢を悲観している。

日本経済新聞・社説
船舶燃料規制へ入念に備えを

ニッチに見えて、重要な話題。日経の必要性が目立つ、すばらしいトピック。ただ、社説としては情報の提供に留まっている。もう一歩踏み込んだ知性を聞きたい。環境問題でストロー禁止を取り上げるよりずっといい。目立つ必要はない。環境への貢献度も、この取り組みの方がずっと効果的だ。

読売新聞・社説
原発4社提携へ 将来への危機感が背中押した

原発推進派の読売も、そろそろ原発に未来がないことを認識しはじめたのだろうか?建設費でも運用でも、事故への対策でも3.11から桁違いのコストを求められ、提携しないとやっていけない、採算が合わないビジネスになりはじめている。

読売新聞・社説
防衛白書 長期的視点で脅威に備えよ

昨日の日経に似た、手放しに防衛省に追随する読売。費用対効果を考えるべきだ。状況を分析して、対応を設計できる能力がないのが、日本の防衛がまったく機能しない原因のひとつだ。憲法論よりもずっと重要で本質的な課題なのだが。

朝日新聞・社説
介護セクハラ 深刻な現実、対策急げ

防災の日 大都市水害への備えも

8.18に読売が取り上げた話題と、昨日の読売の話題を追う朝日。どちらも内容まで似ている。読売とは価値観も遠いはずなのだが、不思議だ。朝日が追随に甘んじはじめている。政治の批判一辺倒よりは、生活に近い今回の話題の方が好ましいが、力不足の印象。努力を待ちたい。

毎日新聞・社説
小池都知事の追悼文見送り 既成事実化は許されない

自民が総裁選報道で要請 介入の前に公平な選挙を

毎日が、政治批判を2本揃えた。どちらも毎日の主張には同意できる。敵を作りたがるリーダーは、やがてどこかで自ら生んだ敵に倒される。政治に関わらず、リーダーシップでは常識のはず。なぜこういう人たちが選ばれるのか、私たちは反省しなければ。

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