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2701.報道比較2016.8.15

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今年の終戦記念日の社説は最悪だ。思考も仕事も放棄している。昨年の緊張の方が、まだ私たちは考えていた。

朝日新聞・社説
日本の戦後71年 記憶を新時代へ渡す責任

産経新聞・社説
終戦の日 先人への礼欠かぬ和解を 「譲れぬ価値」再確認する時だ

日本経済新聞・社説
71年目の夏 戦後はいつまで続くのか

毎日新聞・社説
終戦記念日 歴史に学ぶ力を蓄える

読売新聞・社説
終戦の日 確かな「平和と繁栄」を築こう

全体に感じたのは、危機感を語りながら、自らの仕事を放棄している新聞というジャーナリズムの無責任さだ。全紙に一貫しているのは「私たちは忘れていっているのでは?」という危機感。そこに抵抗するのは、記録すること、伝達すること、学習することだ。メディアの果たす役割は極めて大きい。だが、日本の新聞の社説はそれを完全に放棄している。
昨年、安保法制への危機感の中、安倍氏が出す70年談話は注目を集めた。いま記憶している人がいないほど、インパクトのないものだった。各紙がした解説など、さらに意味のないものとして葬られている。強い意志がなければ、何事も風化する。嘆く前に、残そうと努力するのが新聞であるはずが、まるでその意志は見えない。
ウォーレン・バフェット氏の言葉を思い出す。「人は、学ばないということを、学ぶべきだ」。私たちは、何度でも同じことを繰り返す。必死で覚えよう、学ぼうとしなければ。少なくとも、メディアは戦前と同じ過ちを繰り返すだろう。すでに、その路線を走っているかもしれない。政治の思惑から言葉を選び、疑念を追わず、責任の回避と怠慢で表現を濁す。3.11以前からつづけている報道比較で、確実に感じるのは、新聞の衰退だ。行政よりも政治は無能になったが、メディアは政治以上に腐った。幸運なのは、メディアは代替が効くこと、海外のメディアがいまは日本でも活動してくれていることだ。8.15深夜、まだ海外紙に終戦を題材にしたコンテンツはない。日本の新聞より、彼らのコンテンツを待たなければならなくなった私たちは、70年前に似はじめているのではないだろうか?

人民網日本語版
世界銀行 初めて中国でSDR発行 (2016.8.13)

中国が待ちわびていた人民元への信任のブランド。条件を整えた中国に、約束どおり世界銀行はSDRに人民元を組み入れた。昨日の上海株が上昇した理由はこれだろうか?これで中国への信頼が増し、アメリカに負けない2つめの世界の経済の原動力になってくれればいいのだが。

Wall Street Journal
クリントン氏支持率、激戦州でトランプ氏引き離す (2016.8.13)

クリントン氏には、この優位な状況で、ぜひ勝利の先にあるアメリカの明るい未来へのビジョンを見せて欲しい。いままでの主張では、誰もクリントン氏に魅了されていない。信頼さえしていない。過去に味わった痛みで、冒険がしにくくなっているようだが、誇張し過ぎた夢物語ではなく、着実に4年で実現可能な、誰にとっても価値のある、女性ならではのビジョンが見えれば勝利は確実だ。相手はトランプ氏ではなく、アメリカ国民だ。

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