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2586.報道比較2016.4.24

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何事も、現場に答えがある。現場に足を向けなければ、報道がネットに勝てる日は永遠に来ないだろう。

朝日新聞・社説
震災避難 障害者への支援確保を

読売新聞・社説
熊本交通網寸断 露呈した弱点を克服したい

熊本地震への社説が反省に向かいはじめた。避難者の数も20万人と言っていた時期に比べれば大きく減った。復旧・復興のスピードは増していると思う。災害対策への経験値が上がっているのならすばらしいことだ。ボランティアや共助のひろがり、規則より柔軟な対応というものに、国民全体が向かいはじめているのを期待したい。

日本経済新聞・社説
「迷子の土地」の実態を把握し手を打て

土地の所有権の登記申請が任意とは知らなかった。徴税も関わるので義務だと思っていた。住宅関連で数回関わっただけだが、あれをやりたいと思う人はいないだろう。戸籍の転入転出同様、意味に対しての煩雑さが大き過ぎる。しかも任意とは…誰もやらなくなるのではないだろうか?

毎日新聞・社説
保育所と住民 子供の声は騒音なのか

私個人の感覚は毎日の主張に近いが、高齢化していく中、決めるのは住民だという民主主義の原則も理解できる。私はこどもの声だけが理由で建設が中止になったとは思わないが、保育施設が足りないと言われていても拒絶する理由は拾い上げるべきだろう。
私は、毎日のような感情的な感覚が、もっともこの議論の結末を不幸にすると感じている。情緒でこどもと高齢化を断絶し、価値観に理想論で言い詰める。求められる報道ではない。
私が、ボランティアで関わっている自治体の人との対話の経験を述べたい。なぜ、これだけ待機児童の問題が言われるのに、市町村は保育所をつくらないのか。国が推進し、予算はある。場所も探せば見つかる。手を上げる人もいる。つくるのは簡単らしい。自治体は、ここで慎重な検討も行う。時代は高齢化だ。いまは待機児童があふれている。だが、この先の人口動態で、廃校が連続して批判されるような小中学校のような未来にはならないのか?と。これを調査すると、日本の自治体で、10年後も待機児童問題を持ちつづける可能性は、人口動態だけを見れば五分五分らしい。となると…投資は大いなるリスクだ。原資は血税。10年後、待機児童が減った時に、保育所を代替利用するイメージまで持てなければ躊躇する。批判する側は「未来も想定せずに税金を使った馬鹿ものども、無駄遣いをやめろ、税金を還せ」と平気で言うのだから。民間から関わる私は、別のアイディアをイメージしはじめているが、公務員の方々はサボってなどいない。むしろ必要以上に、私たちが考える以上に考えていることが多い。批判が恐いのではない。賢明なら、未来がないものへの投資は、やはりできないのだ。これを越えるには、アイディアであり、共助であり、発想の転換だ。そこまでを公務員の方々に求めるのは酷だ。
もう一度、この社説を見てみよう。ひょっとすると、いろいろな理由があったのかもしれない。それを取材で集めるのが、新聞にもっとも求められている姿のはず。政治も、メディアも、本当にして欲しい仕事をしていない。

産経新聞・社説
国連報告者 日本の報道を見損なうな

ずいぶんな自信だ。言葉どおりならありがたいが、市民でそう感じている人はいないだろう。こんな発表を見ると「大本営発表」を思い出す。

人民網日本語版
地震の影響で訪韓中国人観光客増加? 韓国免税店の株価が急上昇 (2016.4.22)

同じことは、北朝鮮がミサイルを発射しただけで起きる。旅行者が行き先を決める時、もう少し違う感覚で決めるだろう。本質で近隣と協力できれば、日本はアジアでもっとも豊かな観光立国になれるだろう。中国の人たちに、それを理解してもらえると信じている。

Wall Street Journal
ニッチ化するフィンテック業界、結婚ローンも (2016.4.22)

これがフィンテック?違うだろう。どちらかと言えば、フィンテックという言葉を必死にもてはやそうとしているか、フィンテックというブームで投資がもらえるなら、その言葉に迎合したいと企業が苦悶しているように見える。そろそろITの今回のブームも限界だ。今回もVRは置き去りにされるのではないだろうか。
iPhoneが生まれたのは2008年。リーマンショックの後、低迷する経済をものともせずにアップルは躍進した。モバイルを中心としたライフスタイルは、iPhone以前と以後ではまったく違う。経済の波とITが呼応するように時代をつくっていくならば、リーマンショックからここまでの経済成長は、モバイルだった。その波が、もうすぐ終わる。
株価が回復したアメリカで、まだ未来があると語るアナリストは一人も見たことがない。今のうちに逃げておけ。去年の夏を、年初の緊張を忘れたのか?誰もがそう言っている。私は株屋でもなく、マーケットよりは実業中心、主戦場がITだ。だからこそ、この波の強さを意識して動いている。2014年にアメリカに行った時に思ったのが、「今回の波に間に合わないなら、つぎの波にしよう」だった。それくらい、現場は過熱感があった。なんでもありだった。長くはつづかない匂いはすでにしていた。いま、必死に生き残ろうとする人たちは大変だろう。もし、ビジネスチャンスやスタートアップを狙っているなら、奨めない。もっとも高いカネを払う間抜けを演じる必要はない。あと少し待てば、また波が変わる。その時には、フィンテックという言葉も消えているのではないだろうか?

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