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2472.報道比較2015.12.31

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Public Domain, Photo by Marc Cooper via flickr

Public Domain, Photo by Marc Cooper via flickr

産経と読売は、大晦日の雰囲気さえ感じさせない現実的な社説。朝日と毎日はあきらめたかのような叙情的な社説。どちらも心に響かない。奇妙な大晦日だ。

朝日新聞・社説
2015―2016 深くねむるために

大晦日にスルーは失礼かと思うが、これではコメントしようがない。朝日は報道から芸術に転身だろうか?本質を完全に見失っている。報道がすべきことは取材であり、飾りなく事実を、迅速に伝えることだ。自らの言葉を使わず、他人の哲学者の言葉を借りて何を言いたいのか。まったく伝わってこない。ひとつでも多く取材に走るべきだ。これで政府に対抗しようとは、無理にも程がある。

毎日新聞・社説
戦後70年が終わる 過去と穏やかな対話を

毎日も朝日に似て、どこか後ろ向きだ。難しい言葉を使って、言いたいことをごまかし、隠しているかのようだ。シンプルに言いたいことを言ったらどうだろう?それほど、いまの政権に対抗する意見が言いにくいのだろうか?

読売新聞・社説
中国大気汚染 環境改善を遅らせる強権統治

大晦日に言う話なのだろうか?今年の総括はまったくしないようだ。読売は、ひきつづき中国へは対抗意識で挑むつもりのようだ。時代錯誤と気づくのはいつだろうか?季節感、時世、世界観…どこをとっても感覚がずれている気がする。これが世界最大の部数の新聞の姿とは哀しい。

産経新聞・社説
共産党と開会式 打算的な擬態に過ぎない

この様子だと、共産党がうまく社会のニーズをくみ取って変われれば、私は共産党に傾けることも可能に見える。産経のような古い価値観の組織は変異についていけそうもない。むしろそれは共産党にとって都合がいいはずだ。若い世代は、共産党の過去など関係ない。見えない未来の方がよほど問題だ。共産党がアメリカのトランプ氏ほどの冒険も無謀さも持っていないことを考えれば、安全な変容だ。変化に拒絶感を持つ産経の態度こそ、むしろ古いと感じられる。志位氏はこのチャンスをうまく利用できるだろうか。

日本経済新聞・社説
株価が映す世界経済のリスクに備えよ

いま上昇した株価の理由を明確に説明できるだろうか?円安。金融緩和。それだけだ。イノベーションを起こした企業は?新たに生まれた産業は?成長した業界は?すべてに答えがない。円の価値が下がった分だけ、株価が上がったように見えるだけ。何ひとつ経済は成長していない。すでに海外投資家も気づいている。本質的な成長を、日本経済は全体に忘れてしまっている気がする。地道さを追求したい。

人民網日本語版
日韓が慰安婦問題で合意 歴史問題を避けては通れない日本 (2015.12.30)

日韓関係では、中国、韓国はうまく立ち回ったということだろうか?中国は後ろで糸を引いていなければ、無関係。遠くから好きなように振る舞える。横綱相撲の振る舞いだ。大国らしさが漂ってきた。日本は本気で対処を考えなければ、韓国のようにはあしらえないだろう。
韓国は?この件を主導したのは韓国と見えているだけでも、十分に価値があるのではないだろうか。日本も失ったものは10億だけ。安倍氏のシンパには弱腰との批判もあるようだが、支持率は上がるのではないだろうか。仲直りして失うものもないなら、怒る理由はないように思える。だが、何か意図があったようには見えない。短絡的に、追い込まれて動いたよう見えるのは気のせいではないだろう。日本が助け船を出したのでも、追いつめて動かしたのでもない。薄っぺらで、行き当たりばったりだなあ…という印象が、間違っていることを願っている。安倍政権になったら、民主党の素人集団よりはましかと思っていたが、なんのことはない。大差ない。もし支持率が下がったら、その失望感ゆえだろう。

Wall Street Journal
ドローンが変える米空軍の文化、下士官も操縦士に (2015.12.29)

戦争もITとともに様相を変えつつある。年末にFin Techと、また新しい言葉で騒ぎはじめたが、ようやくITの変化が、日常に直接インパクトを与えやすくなったようだ。リアルの中に虚構が増え、バーチャルとの境界がエンジニアリングにとって最も挑戦しがいのある場所になる。そこに世の仕事の大半が集約されていくだろう。次はどのフィールドをITが覆っていくだろう?

Financial Times
日本のイノベーションに光を当てたパイオニア (2015.12.29)

年末年始に学ぶには、もっともよいトピックをFinancial Timesが届けてくれた。私が普段に日本の経済界に感じる不満と、ほぼ一致する。もちろん私は中村氏ほどの才能も持っていないが、アスリートも、アーティストも、ITのエンジニアやホテルのサービスマンでさえ、日本を捨てて海外を目指す。理由はすべて、中村氏と同様のストレスだ。強欲なのではなく、うまくいった時はしっかり分け前と名声をシェアしたいと思っているだけだ。なぜか?失敗した時のリスクを企業が守ってくれるならいい。その意志はないだろう?終身雇用の時代なら、そのトレード・オフが成立していたのかもしれないが、いまや執拗な手を使って敗北者を追い出す。それはフェアではない。
日本の企業に警告しておきたいのは、これはアメリカだけの話ではないということだ。日本だけがおかしい。中国も、韓国も、アジアでさえこのルールは通用する。なぜ韓国や中国の企業が日本人をヘッドハンティングできたのか考えた方がいい。カネに目がくらむと表現するのは自由だ。だが、どうあがいても人材は流出する。もはや活躍のための場さえ提供する能力さえない。なぜ国家や企業という組織体になると、日本はここまで横暴になれるのだろう?
いま、どこにマネーが滞留しているだろう?すべて企業だ。国家が傾いた時、接収のような税でこのマネーを国は収奪するだろう。おそらく無抵抗に提供する。もし、才能ある人たちがこの資産を手にしていたら、どれだけの未来があっただろう?少なくとも、中村氏のような人材には効果があったはずだ。無名の、数々の人たちが、そうして活躍していれば、日本にどれだけの雇用やイノベーションが生まれただろう。日本の問題は、ここにある。マネジメントがない。ストラテジーがない。プランがない。未来を観る人は、やはりこの国を捨てた方がいいと思う。それは才能の問題ではない。無能なマネジメントに未来を託せば、船は沈む。

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