ORIZUME - オリズメ

3141.報道比較2017.10.8

3141.報道比較2017.10.8 はコメントを受け付けていません。

党首討論を私は見ていないが、安倍氏も小池氏も、期待を高めるよりは失望を誘ったようだ。やはり誰も過半数を取れない結果になって欲しい。

朝日新聞・社説
衆院選 過労死根絶 各党の本気度を問う

突然の衆院解散がなければ、臨時国会での論戦は、過労死や過労自殺の根絶に向けた長時間労働の是正が大きなテーマになるはずだった。どんな規制や制度が必要なのか、各党の考えと本気度が問われている。政府が議論を加速させるきっかけになった広告大手・電通の違法残業をめぐる裁判では、法人としての電通に有罪判決が言い渡された。企業側の取り組みと両輪で、制度面の見直しが急務である。まずは、今は実質無制限の残業時間に上限を設けることだ。最低限、過労死の労災認定の目安を上回るような長時間の残業はなくさねばならない。自民、公明両党は、選挙公約に長時間労働の是正を盛り込む一方で、高度プロフェッショナル制度には言及していない。残業代をなくせば長時間労働が助長されるのではないか。まず残業時間規制を優先するべきではないのか。こうした疑問に答えるべきだ、としている。

産経新聞・社説
希望の党と防衛 集団的自衛権をどうする

希望の党の衆院選公約をみても、党の綱領や立候補者との政策協定書に書かれている内容からも判然としない。「国民の生命と主権を守る」ことも難しいのではないか。安倍晋三政権は、憲法解釈の変更に踏み切り、安保関連法を定めて集団的自衛権の限定行使に道を開いた。守り合う関係に進化したことで、日米同盟の抑止力は格段に強まった。これなしに北朝鮮危機を乗り切ることは難しい。希望の党の小池百合子代表は、集団的自衛権の限定行使を重視していたはずではなかったか。小池氏と二人三脚の関係にある前原誠司民進党代表が、安保関連法は違憲との立場を崩していない点からも、疑念は募る。安全保障の重要な論点をあいまいにしたまま、政権選択選挙に臨むのか。そうであれば、北朝鮮危機にどう備えるかという、国難をめぐる議論の土台が初めからふらつくことを意味する。小池氏と全ての同党候補は集団的自衛権の行使容認の立場をはっきりさせるべきだ。それなしに現実的な選択肢とはなれない、としている。

読売新聞・社説
経済政策 消費増税に正面から向き合え

高齢化の進展で、社会保障費の増加は止まらない。不人気であっても財源となる消費増税から目を背けては、責任ある政治と言えまい。増税の実施を前提とする自民、公明両党に対し、野党は増税反対の立場で歩調をそろえた。社会保障費は、過去20年間で2倍超に膨れ上がった。17年度予算では過去最高の32・5兆円となり、歳出総額の3分の1を占める。国債発行を少しでも減らして将来世代へのツケ回しを避ける。そのためにも、消費増税の必要性に疑問の余地はない。判断すべきは「いつ上げるか」だけだ。気になるのは、安倍首相が財源について、消費増税分の「使途変更」を争点化したことだ。赤字国債の縮減に回す分を減らし、教育無償化などに振り向けるなら、新事業を赤字国債で賄うのと本質的に変わらない。安倍政権は、基礎的財政収支の20年度黒字化を目標としてきた。その達成は絶望的となっており、自民党の公約から目標年次が消えた。財政再建の工程を早期に描き直す必要がある、としている。

党首討論を私は見ていないが、報道で知った情報では、安倍氏は執拗に朝日新聞を攻撃したようだ。それが視聴者にポジティブな印象を作ったとは思えないが、小池氏も決して支持を得られるほどうまく立ち回ったわけではなさそうだ。朝日は安倍氏の攻撃に脅えたのか、過労死の話題に留めている。ここで逃げたらペンの力、報道の自由を語る資格はないのだが。対して、自民党を援護射撃する産経、読売の声の大きさは、希望の党批判に徹している。批判のポイントは適切だ。自民党と似たようなことをやるといいながら、安倍政権打倒で国政への挑戦を覚悟したと言うが、それは、国民にとっては、もっとも迷惑で無責任な政党だ。壊すためだけに登場されても困る。その後の自民党との連携も否定せず、首相が誰がも決めず。都議会の時のような結果は期待できそうもない。
ならば自民党?ノーだ。安倍氏は未だに森友・加計学園から逃げるばかりか、小池氏の言動を伺いながら主張を変容させている。どちらが政権を握っていたのか判らないほどのブレ。やっぱりこの人に、あと4年を任せるわけにはいかない。やはり、誰も過半数を取れない結果になって欲しい。

日本経済新聞・社説
東京23区限定の私大定員抑制は合理的か

東京23区の私立大・短大の定員増を原則認めない新たな基準を、文部科学省が告示した。若者の東京一極集中に歯止めをかけ、地方創生につなげることが目的という。だが、都心の大学に限って一律に規制する政策が、果たして合理的なのか。十分な検証が必要だ。学生の流出による地方大の経営悪化や、地域の衰退を懸念する全国知事会などの要望をくんだ措置だ。だが、地方から東京圏への若者の移動は、大学入学時より卒業後の就職時のほうが多い。地方の大学が、地域の産業振興や雇用増に貢献できるよう教育・研究力を磨く改革を優先するのが本筋だ。地方の小規模私大の多くが定員割れし、学生の選抜機能を失っている。教育の質の低下や経営破綻が懸念される状況だ。しかし、都心の大学の定員を抑制して窮状を救うような発想は好ましくない。大学の定員管理は、日本全体を見渡し、国際競争力を高める方向で実施すべきだ、としている。

私は、教育費無償化は、決して子育てへのバラマキではなく、大学、高校教育者の雇用維持のためのバラマキだと思っている。統廃合や不要な学部がなくなるなど、適正レベルの代謝が奨氏かの中で進み、その先に定員の話が出るならいいが、日経の指摘どおり、なぜ意味が通らない保護策を文部科学省が出すのか不明だ。これが前川氏が言っていた経済合理性ではない教育の観点の価値観というなら、私は納得できない。

毎日新聞・社説
カズオ・イシグロ氏に文学賞 日本的感性に感謝したい

日本的な感性やモノの見方と、英国の言語や文化を併せ持つ世界文学の旗手カズオ・イシグロ氏にノーベル文学賞が授与されることが決まった。スウェーデン・アカデミーは授賞理由を「偉大な感性を持った小説により、世界とつながっているという我々の幻想の下に隠された闇を明るみに出した」と説明した。イシグロ氏は受賞決定の報に「世界が不安定な状況の中で、小さな形でも平和に貢献できればうれしい」と話した。イシグロ氏は記者会見で「モノの見方、振る舞いは日本に大きな影響を受けている」として日本への感謝を語った。むしろ私たちこそ、日本的な感性を独自の文学に結晶させてくれたイシグロ氏に感謝したい、としている。

日本的な感性とは、どのような作品なのだろうか?私は一度も彼の作品に触れたことがないので、コメントできない。

人民網日本語版
中国漁船が日本周辺海域で転覆 12人不明 (2017.10.6)

中国大陸部の漁船1隻が5日未明、日本・島根県隠岐諸島の北400キロの公海上で香港船籍のタンカーと衝突し、転覆した。乗組員12人の行方が不明となっている。総領事館は直ちに緊急対応体制を敷き、現場に作業チームを派遣して状況を把握し、救助に加わっている。日本は巡視船3隻と事故現場に派遣して救援にあたるとともに、第8管区海上保安本部に緊急対策センターを設けた、としている。

これに似た話題が中国で取り上げられるようになったのは、中国の軍属がやっていると言われる東シナ海の漁船が転覆した時、日本の海上保安庁が救助し、中国国内で「日本は正しい。中国は恥を知れ。どちらの領海か?明らかに日本の領海の方が適切だ」とのブーイングが中国国内で沸き起こったからだ。以降、中国は日本近海で行動する際は相当な配慮している。今回の報道も、その一環だろう。
日本人で、その報道を知っている人はどれくらいいるだろうか?正しい行いをしていれば、世界の人たちは政治に呑まれずに正しい答えを出す。執拗に中国を攻撃する日本政府や産経、読売のような報道も、日本国民に取って恥でしかない。私たち自身も、いつでも誠実な意見を持てるだろうか?

Wall Street Journal
テスラ「モデル3」生産遅延、手作業組み立てが原因 (2017.10.7)

米電気自動車(EV)メーカー、テスラは今週、新型車「モデル3」の7-9月期生産台数が当初計画の1500台を大幅に下回ったことについて、「生産上のボトルネック」と説明している。アナリストや投資家のほか、購入予約をした数十万人の顧客には知らされていなかったが、内情に詳しい関係者によると、9月初旬まで、モデル3の大部分は自動化された生産ラインではなく、手作業で製造されていたという。モデル3の生産は7月初旬に始まっていたが、数週間前の時点でテスラが構築を自慢してきた最先端の組み立てラインの準備は、完全には整っていなかったという。テスラの工場作業員が特別な作業エリアで自動車の部品を組み立てる一方、同社はモデル3を週数千台ペースで生産するために設計された機械の完成に大慌てで取り組んでいた、と関係者たちは明かした。自動車の専門家によると、生産過程で大きな部品を手作業で組み立てるというのは珍しいという。自動車業界で働いて40年以上になる製造コンサルタントのデニス・ビラーグ氏は「大量生産の自動車の製造方法ではない」と指摘する。「馬車が走っていた時代の話だ。今日の自動車業界では考えられない」、としている。

iPhoneにも、アンテナ・ゲートと呼ばれる、無線通信がうまくいかない、意図的にうまくいっているように見せている虚偽があるのでは?という事件が初期にあった。スティーブ・ジョブズの伝記にも対処策の場面が載っている程の、Apple社内では大事件だった。イノベーションやチャレンジにリスクは付き物で、どう乗り切るかはリーダーの手腕が試される。振り返れば、スティーブ・ジョブズ時代のAppleは、良く言って挑戦的、悪く言えばドタバタと付け焼き刃で、脅しめいた報道統制までしてリスク回避をしていた。いまのAppleはエクセレントで、オープンで、安定している。退屈といえばその通りかもしれないが、時価総額世界一の企業なら、今の経営は批判されるよりは評価されるべきだ。
スティーブがいなくなってから、天才経営者にまつられるイーロン・マスク氏は、いま、当時のAppleと似たような状況にある。いまのモデル3のオーダーをこなすには、今までのテスラのままではいられない。大いなるチャンスを前に、マスク氏自身が変われるかが試されている。今のままでは、テスラはポルシェにさえなれない。マクラーレンになれればいいレベルだ。すでに世界の自動車会社は電気自動車にシフトした。Appleで言えば、Androidの登場に似ている。iPhoneが生産でコケたことはなかった。それでもマーケット・シェアではAndroidに抗えなかった。ただ、企業価値は世界最大。ブランドは守られている。テスラは?生産がおぼつかないのは致命的に見える。企業価値とブランドは守れるだろうか?

Comments are closed.