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3132.報道比較2017.9.29

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私は、安倍氏と小池氏の結託がないかだけを気にする。ふたりはちゃんと対決するのか?国会が始まったら、憲法やら安保で平然と手を組み、首都東京の意思決定まで呑み込む。その悪夢さえなければ、結果はどうでもいい。安倍氏も、小池氏も、実力がある政治家とは思えない。日本の未来を変えることなどできないだろうし、行き詰まったらまた選挙を繰り返す、お騒がせな方々だ。国内の課題を解決できる能力もない。政治が何かしてくれることなど、なにもない。

朝日新聞・社説
衆院選 解散、与野党論戦へ 「権力ゲーム」でいいのか

安倍首相が臨時国会の冒頭、衆院解散に踏み切った。首相の所信表明演説も代表質問や予算委員会もなく、北朝鮮に非難の意思を示すはずだった国会決議も見送られた。森友学園・加計学園の問題をめぐる野党の追及の場を消し去り、選挙準備が整っていない野党の隙を突く。今なら勝てる。勝てば官軍の「権力ゲーム」が先に立つ「自己都合解散」である。小選挙区制が中心の衆院選挙制度のもとでは、野党がばらばらに候補を立てれば、がっちり手を組む自公両党に勝つのは難しい。政権交代をめざすなら、野党各党の連携が欠かせないのはその通りだ。ここ数年、地道に積み上げてきた野党共闘をさらに進め、共産党を含む他の野党との候補者調整を実現し、そこに新党も加えて、自公と1対1の対決構図をつくり上げる――。だが前原代表はその道を模索する努力をせず、小池人気にすがる道を選んだ。小池氏にも問いたい。昨夏に知事に就任した後も、今夏まで自民党に籍を置いていた。なぜいま「打倒安倍政権」なのか。新党をさらに勢いづけたいと本人の衆院選立候補を求める声は大きい。そうなれば、就いて1年余の知事職をなげうつことになる。どうするのか。選挙はゲームではない。有権者に正確な情報を示す。政党政治の基本を踏み外してはならない、としている。

産経新聞・社説
衆院解散 現実的な「選択肢」示せ 大衆迎合で危機は乗り切れぬ

衆院選は政権選択選挙である。各党が日本の進路を決める政策を提示し、議論を戦わせることで成り立つものだ。希望の党は結党から数日しかたっていない。簡単な綱領を示しただけで、政策も定かではない。ここまでの「小池劇場」が、今度の衆院選への関心を大いに高めた点は注目したい。だが「しがらみ」からの脱却を訴えて乗り切れるほど、日本の置かれた状況は容易なものではない。解散に打って出た安倍晋三首相は、北朝鮮情勢や少子高齢化といった日本の危機を「国難」と位置づけて信を問うている。対する希望の党は、危機克服への答えをまだ持ち合わせていない。他の課題を鮮烈にうたってもいない。都知事の放り出しは批判を招くことが確実だ。小池氏は辞任して出馬する考えはないとしている。だが、それでは首相指名の候補になれない。その状態で政権交代を唱えることは、議院内閣制の下での政党政治と矛盾しないか、としている。

日本経済新聞・社説
野党は「希望の党」結集で何を目指すのか

衆院が28日召集の臨時国会冒頭で解散された。民進党は小池百合子東京都知事が率いる「希望の党」への事実上の合流を決め、非自民勢力の結集に動く。だが降ってわいた野党再編の動きは、国民のために何を目指すのかという根本的な論議がかすんだままだ。長く野党第1党として国政に臨み、旧民主党時代に政権運営を経験した党が突然、方針を変えたことに驚く有権者が多いのではないか。しかも希望の党への参加の条件はこれから詰めるのだという。新党に移った方が選挙で有利という打算が透けて見える。小池氏は新党旗揚げに際して「実感が伴う景気回復まで消費増税は立ち止まる」「議員の定数や報酬を縮減」「原発ゼロを目指す」との基本的な考えを明らかにした。女性活躍、多様な教育制度を重視する姿勢も打ち出した。衆院選で政権交代をめざす以上は、成長と財政健全化の両立や社会保障制度の将来像、安全保障や憲法問題などでの説得力のある具体策を示す責任がある。小池氏が国政の活動と都政をどう両立していくつもりなのかも現状ではよく分からない。歴史を振り返ると多くの新党が一時的なブームの後に消えていった。既存政党を批判するだけなら簡単だ。将来に希望がある日本をつくり出すとの目標を掲げる以上、人気取りの政策にとどまらない選挙公約を作り上げてほしい、としている。

毎日新聞・社説
日本の岐路 衆院解散・総選挙へ 「安倍1強」の是非を問う

衆議院が解散された。改造内閣が発足して国会で本格的な質疑を一度も経ないまま、臨時国会冒頭での解散となった。首相が衆院解散を表明したあと、わずか3日で構図は激変した。小池百合子東京都知事を党首とする「希望の党」が登場した。野党第1党だった民進党が希望の党へ実質合流を決めるなど再編が急進展している。さきの東京都議選で自民が歴史的惨敗を喫したのは「森友・加計」疑惑の対応にみられる政権のおごりへの有権者による不信の表明だった。解散当日の記者会見を省略したのも、説明を軽んじる姿勢の表れと取られても仕方がない。政権5年の実績とともに、その手法が問われよう。野党の責任も大きい。必要である政権批判の受け皿としての能力が今度こそ試される。民進党議員には離党して小池氏の新党に参加する動きが加速していた。前原誠司代表は突然の合流について安倍政権を倒すための「名を捨てて実を取る」判断だと説明した。このままでは政党が崩壊しかねない状況で、再編は不可避だった。小池氏流の劇場型手法によるとはいえ、国民の選挙への関心が高まってきたことは歓迎したい。しかし、与野党が大衆迎合的な政策を競うようでは本末転倒だ。痛みを伴うビジョンでも、必要であれば臆せず主張する責任がある。各党は建設的な論戦に値する公約の提示を急ぐべきだ、としている。

読売新聞・社説
衆院解散 安倍政権の継続が最大争点に

衆院が解散された。衆院選は10月10日に公示され、22日に投開票を迎える。各党は、事実上の選挙戦をスタートさせた。衆院選は政権を選ぶ選挙だ。日本を取り巻く環境は険しさを増す。デフレ脱却と財政再建をいかに両立させるか。北朝鮮が挑発と恫喝を繰り返す中、日本の平和をどう確保するか。与野党は、こうした論点についても、現実的な論議を深めてもらいたい。民進党は、政権交代の受け皿となるべく、今回の衆院選に向けて、政策論議を重ねて公約をまとめようとしていた。にもかかわらず、党勢回復のメドが立たない中で、有権者の信任を得る努力を放棄し、理念も政策も大きく異なる小池氏の人気に便乗したとしか見えない。政治不信をさらに高める、支持者への背信行為そのものではないか。小池氏は「寛容な改革保守」を掲げ、「リアルな安全保障」を重視する。保守層や無党派層に浸透する可能性は小さくあるまい。自民党にとって脅威となろう。希望の党は、公認の可否を判断する際、憲法改正や安全保障で一致できるかどうかで選別する考えを明確にしている。確かに、同じ政党に所属する以上、理念、政策の共有が欠かせない。、としている。

私は、昨日書いた気味の悪い安倍氏と小池氏の結託がないかだけを気にする。メディアにも、その点だけを注視して欲しい。ふたりはちゃんと対決するのか。意見を異にして選択肢として2つ提示してくれるのか。国会が始まったら、憲法やら安保で平然と手を組み、首都東京の意思決定まで呑み込む。その悪夢さえなければ、結果は「どうでもいい」に近い。安倍氏も、小池氏も、実力がある政治家とは思えない。日本の未来を変えることなどできないだろうし、行き詰まったらまた選挙を繰り返す、お騒がせな方々だ。海外が彼らを本気で相手にすることもないだろうし、国内の課題を解決できる能力もない。ぼんやりしたキャッチフレーズで事が動くことなど、世界のどこにもない。彼らが言う決断とは、思慮したように選んで「あとはよろしく」と逃げることだ。本当の決断は、未来を定めて、その方向に歩けるように引っ張っていくことだ。
もう、国民も目が覚めただろう。政治が何かしてくれることなど、ない。彼らが何かを言っても、大したことは変わらない。だから、生活は自ら考え、守る。あとは安全保障や憲法で、彼らが暴走しようとしないように、足と手を縛ることだ。今回、選ぶべきは期待ではない。鎖だ。

人民網日本語版
社会・人・文化交流が推進する中米関係 (2017.9.28)

第1回中米社会及び人・文化対話が28日にワシントンで開かれ、関連活動が続々と行われている。最近米国社会では中米社会・人・文化交流が盛り上がりを見せている。中国の劉延東副総理はハイレベル代表団を率いて訪米し、ニューヨークやワシントンで公開活動を行い、大学、シンクタンク、科学技術、青年起業など社会各界の関心を呼んだ。中国が米国社会の対中観に主導的に影響を与え、さらにはこれを再構築するとともに、良好な発展の勢いを呈しているのは明らかだ。中米間の人的往来は年わずか1万4000人だった1980年代初期と比べ、今では「500万人時代」に入り、毎日約1万4000人が往復し、17分ごとにフライトがある。在米中国人留学生は63万人に達して出身国別で最多、在中米国人留学生は2万4000人に達して出身国別で3位だ。もちろん、将来の中米関係は依然として平坦ではない。朝鮮半島の核、南中国海、人権、経済・貿易など敏感な問題にいかにうまく対処するかによって、両国の政治的相互信頼と大国の知恵が試されている。だが筆者は、中国の対米社会・人的・文化的交流は長期に立脚し、主導的に形成するものであり、両国関係の着実な推進に欠かせないプラスのエネルギーを注ぐとともに、世界大国の交流の過程において礎となる役割を果たすと信じている、としている。

政治が動かなくても、経済が対立していても、メディアが騒いでも、関係ない。求める人たちは自分たちの価値観で、相手を選び、信じ、事を進める。私たちに、その意志があるだろうか?アメリカも中国も、当然のように自らの意志で行動している。なぜ、目の前の価値観を、メディアや政治の価値観で決めなければならないのか?いま一度、再考すべき時だ。

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