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3042.報道比較2017.7.1

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香港返還。アジア危機。あれから20年。日本は失われたまま、まるで時計が止まったような20年だったが、中国には夢のような成長の20年。ますます自信を深めている。

人民網日本語版
強大な生命力を備えた「一国二制度」 (2017.6.30)

香港の祖国復帰から20年間にわたって実践されてきた「一国二制度」をどう評価するかという問題について、事実を尊重する人ならば誰しも、「東洋の真珠」と呼ばれる香港の姿は現在も変わっておらず、「一国二制度」は成功したと言うだろう。中央政府は「一国二制度」実践の推進に揺るぎない自信と決意を持っている。習近平国家主席が、「香港祖国復帰20周年成果展」を見学した際に強調したように、香港特別行政区は各事業の全面的発展を実現し、世界の認める成果を挙げ、「一国二制度」の強大な生命力をはっきりと示した。だが「一国二制度」事業には踏襲できる既成のノウハウがなく、前進していく過程で様々な新たな状況や問題に遭遇することは避けることができない。事実、過去数年間、香港社会には不協和音も生じ、違法な「セントラル占拠」、旺角での騷乱事件、中国を侮辱する「就任宣誓」など愚昧な行為が前後して生じた。香港同胞の多くは、「一国二制度」の初心を忘れず、辛抱強く、信念を固めることが、繁栄と安定を確保し、素晴らしい未来を創造する鍵であることだという理解を深めている、としている。

この20年、世界でもっとも成長した中国が、この主張をする権利は十分ある。自由主義、資本主義は格差とポピュリズムに行き詰まっているが、経済だけを自由にしながら社会主義を一党独裁で行う奇妙な政治体制が、世界でやがてナンバーワンになるところまで成長した。私はナンバーワンになってから、世界をリードする時には是が非でも自由主義と競争が必要だと信じているが、うまくいっている限り、中国が政治体制を変える必要性は感じられない。変わるべきは北京ではなく香港であり、極論すれば台湾もだと言われれば、頷くしかない。人の心は決して政治経済だけで支配はできないが、政治の世界は数がすべてであり、経済は資本がすべてだ。その両方を、いまの中国政府は握っている。デモさえ起こせないところまで、香港を押さえ込んだ中国政府は、かなり自信を深めたのではないだろうか。

日本経済新聞・社説
アジア通貨危機から20年で浮かぶ課題

1997年7月2日、タイが通貨バーツの切り下げに踏み切ったことが、危機の引き金となった。翌々年にかけてマレーシアやインドネシア、韓国、さらにロシアやブラジルなどにも飛び火した。あの危機にはさまざまな側面があったが、特に注目されたのは、企業の海外からの借り入れが国家的な危機を引き起こした点だ。公的債務か民間の債務かを問わず、海外の短期的な資金に頼る危うさが浮き彫りになったのである。2008年のリーマン・ショックではアジアも景気停滞を避けられなかったが、欧州のような危機的な状況には陥らなかった。一方、アジア諸国が国内の貯蓄に頼るようになったことは、世界の経常収支の不均衡を拡大し、金融を不安定にした面がある。リーマン・ショックの一因になったとの指摘も出ている。グローバルな金融の安定は、20年を経た今も重い課題のままだといえよう。震源地となったタイでは、危機をバネに誕生した民主的な憲法が結果的にエリート層と貧困層の社会的な亀裂を表面化させ、クーデターの再来につながった。アジア通貨危機の波紋は今も複雑に広がり続けている、としている。

Wall Street Journal
中銀政策、市場は「正常化」の意味問い直せ (2017.6.30)

ユーロは27日、ドルに対して1.4%もの急騰を演じた。その手掛かりとなったのは欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁の発言だ。総裁は「今やあらゆる兆候からうかがえるのは、ユーロ圏の景気回復が力強さを増し、その裾野も広がりつつあるということだ」と述べた。ECBのやや緩和的な金融政策は奏功しており、それをさらに続けるべきだという文脈の中での発言だったが、それはどうでもいい。市場はこの発言を、ECBが量的緩和(QE)やマイナス金利の早期縮小を示唆したものと受け止めた。ECBは現在、QEの一環で月額600億ユーロの債券買い入れを実施している。結果として、実際には中銀関係者の発言内容に中身はほとんどない、ということを市場は見落としている。ECB幹部らは28日、ドラギ総裁は金融政策の正常化に直ちに着手すると言ったわけではないと指摘した。だが、仮に「直ちに着手する」というのがドラギ総裁の真意だったとしても、「正常化」のプロセスは、2015年3月に開始した債券買い入れを非常にゆっくりとしたペースで減らしていくかたちになるだろう。今週の例が示すように、中銀関係者がもうふさわしくないと考えている危機下の政策から出口に向かおうとすると、市場では混乱が生じる可能性が高くなっているのだ、としている。

日経が、香港ではなくアジア通貨危機を選んだのは興味深い。しかも、内容は実に深く練られている。20年前の反省だけでなく、その後の国際金融、中国の台頭までまとめているのはすばらしい。できれば、Wall Street Journalが語った、いまの各国中央銀行の量的緩和が、次に来る金融危機を深刻化させる一因になるであろう点にも触れて欲しかった。
リーマン・ショックは、アメリカにとっては100年に一度の金融危機だった。ヨーロッパにも危機は波及したが、中国は世界経済を必死で助けるための政策を出しつづけた。日本は、デフレの中、大きなインパクトを受けずに済んだのは、もはや世界経済の中で国際金融としてはサブ・プレーヤーに成り下がっていたこと、そこまでのバブル退治での不良債券処理が機能していたこと、中国の投資が本当に大量だったことが救いだろう。通貨危機も日本にとっては対岸の火事だった。良くも悪くも、日本はリーマン・ショックの痛みを味わっていない。その後の2011年の震災と原発事故の方が、ずっと日本に傷跡を残した。
迫っていると、マーケット関係者が警鐘を鳴らす次の金融危機を、日本はまた避けられるだろうか?中央銀行が膨張させたバブル、アメリカは出口に真っ先に向かった。ECBが最近、唐突に利上げを口にしはじめたのも、不安を感じてのことだろう。最後に残るのは、日銀。

朝日新聞・社説
東電初公判 津波予測なぜ生かせず

福島第一原発の事故をめぐり、業務上過失致死傷の罪に問われた当時の東京電力の幹部3人に対する初公判が、きのう東京地裁で開かれた。市民から選ばれた検察審査会の強制起訴議決を受けたものだ。検察官役の弁護士は冒頭陳述で、3人は原発の安全を確保する最終的な義務と責任を負っていたと指摘。事故の3年前の08年3月、最大15・7メートルの津波が原発を襲うという「衝撃的」な計算結果が出て、現場では防潮堤の建設などが具体的に検討されたのに、被告らの判断で対策が先送りにされたと述べた。これに対し被告側は「試算の一つに過ぎず、事故を予見し回避することはできなかった」とかねての主張を繰り返した。刑事裁判は個人の刑事責任の有無を争うものだ。憲法や刑事訴訟法が定める被告の権利は当然尊重されなければならず、法廷での攻防を通した真相の解明には一定の限界がある。原発の安全をどうやって確保するのか。地震列島で原発に未来はあるか。過失責任の有無にとどまらず、裁判を通じて、電力事業者、そして国のあり方について考えを深めていきたい、としている。

私は原発はなくして欲しい感覚が強いが、原発事故の被害者とまでは言えない。計画停電での不便さは味わったが、それ以上の痛みを味わってはいない。関東地方の典型的な第三者だ。その立場から見ると、被害者として原告になった人たちの気持ちは判るが、感情に動かされて刑事事件として裁判に訴えることの意味は、残念だが理解できるとは言えない。国策として原発が位置づけられているのは今も昔も変わらない。ならば、訴える相手は国家であり、行政訴訟だ。なぜ相手は東京電力なのだろう?また、適切かは判らないが、いまの時点でも経営破綻とも呼べる天文学的な賠償を民事訴訟で認めさせた上、刑罰としての訴訟を、法人ではなく個人に対してやることに、建設的な意味は感じられない。殺人や戦犯のような裁判なのだろうが…これで原発が止まることもなければ、再考を促す事さえないだろう。これで有罪の判決を勝ち取った時、被害者の気は鎮まるのだろうか?

毎日新聞・社説
日本の子どもの貧困率 深刻な状況は変わらない

厚生労働省が発表した国民生活基礎調査によると、2015年時点の子どもの貧困率は13・9%で、前回調査(12年)より2・4ポイント低下した。政府は「雇用の改善や賃金の上昇が加速しているため」と経済政策の効果を強調する。しかし、子どもの7人に1人がまだ貧困状態にあり、高止まりしているのが実情だ。ひとり親世帯の貧困率は相変わらず5割を超える。先進国は2割未満の国が多く、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中では依然として最低水準にある。特に母子家庭は所得200万円以下の世帯が4割近くを占める。非正規雇用で仕事を掛け持ちしている母親は多く、所得は増えても子どもの養育にかける時間が減っている人もいる。食生活が貧しく、風呂に入らない、歯磨きをしないといった子どもは、勉強にもついていけず、不登校やひきこもりにつながりやすい。必要な財源を確保し、福祉や教育、雇用など多角的な政策の展開が必要だろう。政府を中心に国民全体で日本の子どもの貧困を直視しなければならない、としている。

経済政策が改善の理由と見ているなら、厚生労働省は問題の本質を理解していない。どう見ても、こどもの貧困の問題の原因はひとり親だ。ひとりになっても育てられる方向に向かわせようとしているのが女性活躍なのかもしれないが、素直に社会保障でサポートする仕組みを作った方が効率的だ。いまのデフレ、経済成長率、少子高齢化、非正規主義の雇用形態なら、生活保護になることは何ら恥ずかしいことではない。社会構造として、生活保護を生みやすい状態に政治や行政が動いているのだから。精度を悪用して生活保護を受けるのは間違っているが、チャレンジしたり、不運で制度を利用するのは当然の権利だ。生活保護を適切に受けてこどもを育てる方が、無理に仕事をしてこどもに時間を割けない方が、次の世代に不運が伝播する。近視眼的な目標達成しか見ていない行政が、本質的な問題解決を遠のかせている。

産経新聞・社説
東芝の混迷 残された時間はわずかだ

半導体事業を日米韓連合に売却する計画に、提携先の米ウエスタンデジタル(WD)が反対している。これに対抗して、東芝は損害賠償を求める訴訟を提起した。日米韓連合は政府系ファンドの産業革新機構などが主導した。最先端の半導体技術の海外への流出を防ぎ、国内の雇用維持にもつながるなど、その意義は大きい。東芝は監査法人との対立も続いている。現在も決算の承認が得られず、さきの株主総会で決算が報告できない異常事態となった。これまでも決算の延期を重ねている。市場の信頼を何度も裏切った責任は重大である。東京証券取引所は、東芝株を8月1日付で1部から2部に降格させる。再建をめぐる迷走がこれ以上続けば、上場廃止も現実味を帯びる。残された時間はわずかであることを強く認識してほしい、としている。

読売新聞・社説
株主総会 社外取締役は義務を果たせ

3月期決算の上場企業の株主総会が山場を越えた。6月29日には最も多い約700社が総会を開いた。集中日に開催した企業の比率は29・6%となり、初めて3割を下回った。不祥事を起こした企業の総会では、企業統治のあり方を問う声が多く聞かれた。グループ会社での不適切会計が発覚した富士フイルムホールディングスの株主からは「どんな決算の監査をしていたのか」などの批判が相次いだ。早くから社外取締役を導入した東芝は、不適切会計や原発事業の巨額損失を防げなかった。総会でも「社外取締役は義務を果たしたのか」など厳しい指摘が出た。経営方針の問題点を的確に指摘できる人物を選ぶことは、企業にとって大きな課題である。統治体制強化には、大株主が経営をチェックする役割を、しっかり果たすことも欠かせない。今年は経営トップの選任議案で賛成比率が下がった例が目立つ。株主によるチェック機能強化に一定の効果を上げたのではないか。経営者との緊張感のある対話を企業価値の向上につなげたい、としている。

週末に、ようやく目が覚めたように空虚な社説をやめた産経と読売。これで自民党迎合型の姿勢が消えればいいのだが、週が明ければ、また元に戻るのだろう。期待はできない。経済に目を向けたように見えるが、株主総会の総論は既視感のあるものばかり。シャープの再生やJALをひも解く姿勢を見せないのは、本当の日本再生を願っているようには見えない。アメリカで徐々に株に不穏な空気が流れはじめた。悠長に経済を見ていたら、いまの官製景気はすぐに消え去るだろう。それでも産経や読売は見ないふりをつづけるだろうか?

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