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2970.報道比較2017.4.27

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昨年の6月以降、世界が学んだことは、可能性がゼロでないものに過信してはいけないこと。候補者の発言も、メディアの世論調査も、似たような正確さでしかないこと。世界はリーダーや選挙だけで動いているわけでもないこと。投票を決めるのは論理ではなく感情だということ。

Financial Times
フランス大統領の座に手をかけたマクロン氏 (2017.4.24)

第1回投票でのマクロン氏の勝利は、欧州全体、そして西側の民主主義諸国全体で、各国政府から大きな安堵をもって受け止められるだろう。マクロン氏は慎重な国内経済改革と欧州連合(EU)の繁栄、リベラルな国際秩序を支持する独立系中道主義者として、英国が昨年の国民投票でEU離脱を決め、米大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利を収めた後、この秩序が瓦解することを恐れていた人々の希望を体現している。マクロン氏はエリート養成校の国立行政学院(ENA)を含め、フランス最高の教育機関の出身者であり、専門アドバイザー、そして経済相として、近く退任するフランソワ・オランド大統領に仕えた。5月7日に予想通りに勝ったとしても、統治が容易だとは感じないかもしれない。6月に実施される議会選挙では、大きな政治的モメンタムが同氏の政治運動「前進(オン・マルシュ!)」の多くの候補による議席獲得を後押しするかもしれないが、圧倒的過半数は押さえられないかもしれない。もしマクロン氏が大統領に就任し、オランド氏やニコラ・サルコジ氏のような形で失敗したら、2022年の次の大統領選挙は、ルペン氏か、誰かほかの猛烈な反エスタブリッシュメント候補を権力の座に近づける可能性がある、としている。

昨年の6月以降、世界が学んだことは、可能性がゼロでないものに過信してはいけないこと。候補者の発言も、メディアの世論調査も、似たような正確さでしかないこと。世界はリーダーや選挙だけで動いているわけでもないこと。投票を決めるのは論理ではなく感情だということ。
メディアは傾向や文脈を後から語るが、人間の感情に文脈などない。投票ひとつで世界が終わることもない。せめて無関心になるような報道や、分裂を招くような主張はやめてほしい。

Wall Street Journal
トランプ氏が強調する100日間の実績ーオバマ政権の規制撤廃 (2017.4.26)

ドナルド・トランプ米大統領は29日に就任から100日目を迎える。これは通常、新しい大統領の評価に用いられる節目で、トランプ氏はその間の確固たる実績を示すために、最も目立たない成果の1つを強調している。それは、雇用創出を阻んでいるとする規制の撤廃だ。トランプ大統領は議会での法制化で大きな成果を出していないほか、医療保険制度改革法(オバマケア)代替法案を撤回するなどしているが、当局者らはほとんど公表されていない措置を取り上げ、経済に好ましい効果を与えていると主張している。トランプ政権と共和党が多数を占める議会はこれまでに議会審査法に基づいて、オバマ前政権の最後の年に可決された13の規則を撤廃した。具体的には、石炭会社による河川の汚染を規制する規則や、ブロードバンドサービス会社が顧客データを売ったり共有したりする際に事前に顧客の同意を得ることを義務づけた規則などだ。ショート氏は、トランプ政権は議会審査法と大統領令によって「過剰な規制を守るために要するコストを180億ドル削減することになる。これはわれわれにとって大きな成果だ」と述べた、としている。

100日で、トランプ氏が出した成果は?シリアの空爆くらいだろう。アメリカの三権分立がワークしていることが証明されたのはうれしい。この100日の成果にもっとも苛立っているのはトランプ氏本人だろう。苦境から立ち上がった人なら、あきらめずに挑戦してくれるはずだ。まだ先は長い。

朝日新聞・社説
今村復興相の辞任 おごる政権、見過ごせぬ

「まだ東北で、あっちの方だったから良かった」。東日本大震災をめぐり、こう語った今村雅弘復興相が辞任した。関連死を含め2万2千人近い犠牲者が出た現実が目に入っているとは思えない暴言である。辞任は当然だ。山本幸三地方創生相は観光振興をめぐり「一番のがんは文化学芸員。普通の観光マインドがまったくない。この連中を一掃しないと」と、学芸員の仕事を一方的に批判した。一連の閣僚の発言に通底するのは、国民を上から見下ろすような視線である。そして国民と同じ目の高さに立とうとしない閣僚の態度は、沖縄県や多くの県民の反対を押し切り、辺野古埋め立てを強行した政権の強権姿勢と重なる。政権を率いる安倍首相の発言も問題が多い。森友学園への国有地売却問題で、首相本人や妻昭恵氏に対する官僚の「忖度」がなかったか。そのことが焦点になるなか、首相は先週、「よく私が申し上げたことを忖度して頂きたい」と語り、笑いを取った。「安倍1強」のもと、直ちに政権を担えそうな野党が見当たらない政治の現状を、有権者があきらめ交じりの目で眺めている。そんな姿が浮かぶ。どんな政権も長期化すれば、ネジが緩み傲慢になる。それを正すには、主権者である国民が声を上げてゆくしかない、としている。

産経新聞・社説
今村復興相の辞任 寄り添う姿勢を損なった

「東北でよかった」などと東日本大震災の被災者の心情を逆なでする暴言を、復興の先頭に立つ人間が吐く。同じ場所で、この人物を起用した安倍晋三首相が、ひたすら謝る。いったい政治はどうなっている。そう思わざるを得ない光景ではないか。自民党の今村雅弘氏の復興相辞任は、安倍政権の復興に対する姿勢に疑問の目を向けさせた。「被災者の心に寄り添う」と首相が繰り返してきた言葉さえ、空虚なものに聞こえてしまう。今村氏の後任には、福島県選出の吉野正芳衆院議員が就いた。損なわれた復興行政への信頼を取り戻す仕事は簡単ではない。第2次安倍内閣発足後、閣僚辞任は5人目となる。女性問題で他の役職を辞任した若手議員もいた。政府与党首脳部に、綱紀粛正を要するという認識は、どれだけあるのだろうか、としている。

昨日、毎日が先行したトピック。朝日の感情的な批判は響かないが、問題の一端は力の無い野党にある。対抗勢力が欲しい。競争は大切だ。

毎日新聞・社説
「共謀罪」の対象犯罪 277選定の理由がわからぬ

「共謀罪」をめぐる法案で、政府は過去の法案を見直し、対象犯罪を半減させ277とした。しかし、なぜそれらを選んだのか政府の説明では分からない。保安林でキノコを違法採取する森林法違反が対象犯罪に含まれている。盗んだキノコを売り払うことが犯罪集団の資金源になり得るからだと政府は説明している。さらに言えば、キノコの窃盗も密漁も既に取り締まる法律はある。こうした罪を組織的犯罪集団と結びつけ、「共謀罪」の網を広くかけることに現実味があるのだろうか。おととい行われた参考人の質疑でも、「組織犯罪と関係ない対象犯罪が多い」などの意見が出た。
法案審議は大型連休後、山場に向かう。法整備が条約締結の必要条件なのかといった根本的な疑問を含めて論点は山積している。法案の提出責任者である金田勝年法相の答弁責任はいっそう重くなる、としている。

いつものことだが、国会の議論は噛み合っていない。議論のフレームワークを規定したらどうだろう?毎回、似たような不毛な議論を戦わせている。枠組みを準備すると、囚われ過ぎて柔軟性を失う心配もあるが…

読売新聞・社説
韓国大統領選 北の脅威といかに向き合うか

朝鮮半島を巡る軍事的緊張が高まる中での選挙だ。核・ミサイルの脅威を増大させた北朝鮮に、韓国がいかに向き合うのかが、問われている。政治改革や経済の立て直し、雇用対策などが有権者の関心事だ。米国の圧力に北朝鮮が反発を強めているのを受けて、安全保障に関する議論の比重が増した。文氏は北朝鮮の核実験やミサイル発射を非難しながら、経済など南北協力の必要性も説く。民族の一体性を尊重する信条からだ。一方、安氏は、米韓同盟を重視し、北朝鮮に対する経済制裁の必要性を訴えている。文氏は、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結も批判する。安保面での日米韓連携を軽んじる姿勢は危うさを伴う。安氏は「北朝鮮の動きを把握することは重要だ」と理解を示す。看過できないのは、主要候補がそろって、慰安婦問題を巡る2015年末の日韓合意を否定し、再交渉を求めていることだ。朴氏の罷免は内政問題である。文氏が朴前政権の外交上の成果まで無効だと一方的に強調するのは、国際的な常識に反しよう、としている。

誰が選ばれても、日韓合意は否定されるようだ。国民が納得した形で合意形成しなければ、どんな政権の仕事であっても翻意される。フィリピンの国際裁判の結果でさえ揺らぐ。日本が下手だったのは、リーダーが合意したら国民の心情は置き去りにしても問題ないと、その後のコミュニケーションでの強行姿勢を崩さないことだろう。「本心が見えた」と韓国が形容する意味は判る。いまの日本政府の論調は「カネを払ったのだから約束を守れ」と伝わっている。せっかくアメリカがお膳立てした日韓関係の柔和を壊した責任を、すべて韓国政府の失政と捉えるのは間違っている。

日本経済新聞・社説
受精卵のゲノム編集は国主導でルールを

ゲノム編集技術は急速に進み、海外ではエイズやがんの治療に応用が始まった。厚生労働省が、遺伝子治療の臨床研究指針にゲノム編集を含める改正作業に着手したのは評価できる。ただ、同省が想定するのは血液などの細胞のゲノム編集だ。受精卵などは「時期尚早」として検討の対象にしておらず、不十分だ。ゲノム編集によって受精卵の段階で遺伝子の異常を治せれば、病気を未然に防げる可能性がある。すでに中国では遺伝子を改変した例がある。一方で、望み通りに子の運動能力を高めたり顔つきを変えたりする「デザイナーベビー」などにも応用されかねない。米科学アカデミーは今年2月に報告書をまとめ、他に治療法がない深刻な病気などの場合に限り、受精卵のゲノム編集を厳しい条件付きで容認するとした。治療がすぐに実現する可能性は低いが、今のうちから実施条件などを示した意義は大きい。受精卵の操作を伴うような新しい医療技術は、今後も次々に登場するだろう。倫理的な課題を含め、何がどこまで許容されうるか幅広く議論し、必要な法制度を検討しておくことが大切だ、としている。

AIで議論されはじめた、緊急事態や交通事故で、プログラムに「どの人命に優先順位を与えるか」といった議論同様、人間の技術は神の領域、心の領域に近づいている。技術だけが先行し、社会や倫理にはイノベーションは起きていない。技術の登場で、ある日から考え方を変えよう、ルールを変えようとはできないのが人間だ。やがて、論理的な意思決定のための分析さえ、コンピュータが行うことになるに違いない。
化粧や整形手術はOKだが、遺伝子による容姿変更はなぜいけないのか。人間には説明が難しい。知的障害が社会で大いなる負担になるのを理解しながら、知的障害があるかを妊娠時に判定するのは問題視される。新たな人間が発達しなければならないテーマだと思う。難しいが、越えなければならない壁だ。人間の成長を疎外しているのは、人間の価値観だ。
私は少なくとも、この結論を出すのが国家と言うのは間違っていると思う。

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