ORIZUME - オリズメ

2851.報道比較2017.1.9

2851.報道比較2017.1.9 はコメントを受け付けていません。

成人の日に、適切なメッセージを。いくつかの新聞もがんばっている。適切なオトナを演じられる新聞が、まだ残っているのは、期待できる。大人ができることは、なんだろう?

朝日新聞・社説
スマホ世代の新成人 手中の「利器」が時代開く

きょうは成人の日。123万人が大人の仲間入りをする。若者をとりまく状況は決して明るくはない。少子高齢・人口減少社会の到来で、将来の負担は重くなる一方だ。息苦しさを感じ、先行きに不安を抱く人、自らの無力にいらだちを覚える人も多いかもしれない。立役者になったのは、スマートフォンという小さな「利器」を手に握り、それを自在に使いこなす若者たちだ。総務省のネット利用項目別調査によると、10代と20代は他の世代に比べ、SNSと動画サイトを使う割合が圧倒的に高い。そこである記事や動画が瞬間的に注目を集める「バズ」と呼ばれる現象が起きると、話題は一気に広がっていく。こうした自己改革をふくめ、新しい文化やビジネスを生みだし、根づかせていくには、生まれたときからネットや携帯電話のある世界で育ったITネイティブの若者の力が必要だ。つながる道具の力を、時に失敗もしながら、でも前向きに使ってゆこう。発見をもたらし、新しい文化をうみ、社会を豊かにする。そんな未来をスマホ世代の若者に見いだしたい、としている。

産経新聞・社説
成人の日 周りを思いやれる大人に

若い世代を取り巻くさまざまの困難な環境を考えるとき、祝意を込めて希望に満ちた話を申し上げるより、むしろ、どんなに努力しても自分の思うようにはならないことがたくさんあるのだと、厳しい現実を指摘しておいた方が新成人のためにはよいのかもしれない。夢を持つな、希望を捨てろというのではない。どうせ無理だと端(はな)から投げ出したのでは、豊かな人生は決して手に入らない。夢や希望を大切にしつつ、同時に、なかなか思うにまかせない世間の冷厳な一面を知ることも、大人には欠かせぬ要件の一つである。昨年の成人の日(1月11日)の「主張」では、震災直後の混乱のさなかに産声をあげた人もいようかと書き、これまでの成長を支えてくれた人々にまず、感謝の思いをと呼びかけた。新成人の大半が阪神・淡路大震災の起きた平成7年の生まれだった。今年の新成人もぜひ、多くの人々に思いを致せるような大人になってほしいと願っている、としている。

毎日新聞・社説
若者はいま 未来に希望持つために

アルバイトで過酷な労働を強いられ、就職しても酷使される。こうした企業は人手不足でも若者を人として扱わず人件費を徹底して削る。経済苦の学生をどう支えるのか。その方法の一つである奨学金制度は明らかに貧弱だ。家庭の収入が減る一方、大学の授業料が高くなる中で、奨学金に頼る学生は多い。今や大学に通う2人に1人が利用しているといわれる。卒業してもアルバイト生活が続いたり、非正規労働者だったりして収入が少なければ、奨学金の返済に行き詰まる。低所得世帯の大学生に返済不要の「給付型奨学金」が18年度から提供されることになった。1学年あたり2万人規模で月2万~4万円を給付する。一歩前進ではあるが、まだまだ不十分だ。格差が拡大し、固定化されていく中で若者は将来の暮らしを描けず、社会そのものも不安定化していく。先の米大統領選を思い起こす。そんな中、学生の間ではブラックバイトを告発し、待遇を改善させる活動が広がる。企業に就職しないで起業する人も増えている。社会を変えようと、NPOの活動に生きがいを見つける若者もいる。きょうは成人の日。大人になることに希望を持てる国にするにはどうしたらいいのか。それは政治だけの問題ではない、としている。

成人の日を意識した社説を掲載したのは3紙。読売も2本目は成人の日向け。日経だけスルー。
産経の社説は厳しさを演出したのだろうが、逆効果。出発を決意する日の出鼻をくじくような先輩を、この先頼りにしたいと思う人などいない。毎日の社説は、ターゲットが新成人ではなく、高齢者、既存読者向け。メッセージを送るつもりはないようだ。
朝日と読売の感覚が理想的だ。特に読売の社説は若者の言葉を取り上げ、多様性を見出そうとしている。若い世代を理解しようという姿勢が見える。
自分が若い時を、少し思い出し、再認識するのは、彼らが新しい時代を、新しい感覚で創造するのを助けるのが、先人の役目だ。彼らは、新しい価値観を持っている。気づく視点を持っている。それを認め、伸ばす先輩を探している。判らないから訊こうとしている。そういう時に、適切なオトナを演じられる新聞が、まだ残っているのは、期待できる。
最近で、もっとも理想的なメッセージは、ミシェル・オバマ夫人だ。

米大統領夫人が最後のメッセージ 「この国はあなた方のもの」 by AFPBB

読売新聞・社説
金融機関の規範 「顧客第一」を徹底する契機に

金融庁の有識者会議は金融機関が規範とすべき「顧客本位の業務運営に関する原則」をまとめた。サービスの改善を図り「貯蓄から投資へ」の流れを後押しする。金融庁は今春にも導入し、検査・監督を通じて順守を促す。原則は、金融機関が商品の勧誘や販売をする際に、「誠実・公正に業務を行い、顧客の最善の利益を図るべきだ」と定めた。銀行や証券会社では、投資信託などを売る際に、グループ会社の商品を一番に勧めるケースが多いという。競合する他社商品もきちんと紹介し、顧客ニーズに合致した商品を販売するべきだ。だが、最低限のルールを守ればよいとする形式主義や、同業他社に対応を合わせる横並び意識は根強い。実のある改善策が後手に回ってきた面は否めまい。肝心なのは、顧客第一の企業風土を、経営トップから現場の社員に至るまで、しっかりと浸透・定着させることである。顧客のためになる営業を実践した社員が報われる給与体系の導入なども、急がねばならない、としている。

この話題の選出も政治的な意図があるのだろうか?喫緊の課題とは思えない。読売は、若者よりは金融庁の機嫌の方が大事という事実を知るには十分だ。
金融にかかわらず「顧客本位」をまともにやれる会社は「利益が出ている会社だけ」が現実だ。この原則が必要になった被害者に、現実を教育し、ビジネスの教訓を教える方が現実的だ。顧客が賢くなるほど、企業は知恵を絞る。簡単にカモにならない教育は、世の中のために重要だ。

日本経済新聞・社説
AIで日本を強く(1)産業競争力を高める好機生かせ

電子情報技術産業協会(JEITA)の予測では、世界のAI関連市場は2025年に318兆円と、10年で30倍以上に膨らむ。サービスやソフト、ロボットなどを通じ、交通や物流、小売り、医療といった幅広い業種で構造変化が進む。主導権争いでは米国勢が先行する。IBMはAIを医療に応用し、患者のデータから病気を診断したり治療法を選択したりするのを支援する。アマゾン・ドット・コムはレジでの会計が不要なコンビニ店の計画を打ち出した。AIを使った接客ソフトの開発など、ベンチャー企業の動きも活発だ。人手不足や少子高齢化に直面する日本も、AIをテコに産業競争力を高める必要がある。12年創業のABEJA(アベジャ、東京・港)は、IoT時代を見すえたAIベンチャーだ。工場や店舗、さまざまな機器などから集めたデータを分析し、メーカーや小売業者などが新たな事業モデルを築くのを助けるサービスに乗り出した。日本には自動車や工作機械、空調など世界的にシェアの高い製品を持つ企業が数多くある。機器の稼働状況などのデータを集めてAIを駆使すれば、米国企業などにはまねのできないユニークなサービスを生み出せるはずだ。企業経営の変革期にあることを自覚し、必要な手を打つ。グローバル競争で存在感を示せるよう、日本の産業界が大きく踏み出す年にしたい、としている。

また新しい連番を付けた社説がはじまった。テーマがAI。新聞としてはベストなタイミングだ。IT業界では最先端から事例ができはじめ、ニーズはあるテーマだと意識している。積極的な企業は取り組みをはじめた。なにがAIで、どれがAIではないのか?ビッグ・データの時も、インターネット2.0の時も、曖昧な中で言葉だけが消費されていった。このワードをIT側が生み出しているのか、マーケティングやコンサルティング業界の人たちが現象に名を付けているのかは判らない。いずれにしても、社会はこの新しいワードを意識しても、ポジティブに受け止めているかは微妙だ。IT側も、決して踊っても、盛り上がってもいない、とは言っておきたい。
今回も、日経は数々の事例をピックアップしてくれている。このスタイルが日経の社説のスタンダードになるのだろうか?取材記事にまでリンクしてくれていると、さらに理想的だが、それでは社説の独立性に問題があるのだろうか?広告とは違い、取材と編集による自社資産ならいいと思うのだが。今回の各事例の品質も高いが、IoTとAIをリンクされるところまで踏み込んだのは、少し範囲を拡げすぎた印象。シリーズなら次回でもいいほど、テーマが広がりすぎた。
AIのポイントは、プログラムが、データの変異に合わせて処理を変容する柔軟性を秘めて作られている事だ。機械学習で検索すれば、かなりヒットする。ビッグ・データの流れの後に、確実に出るはずの話題だったが、これを過去に言っていた「人工知能」という言葉に置き換えたこと、この学習がやがて人間を越えることまで、現時点から想定しているのが、個人的には先走り過ぎだと感じる。なぜなら…人間を見れば判るとおり、学習は途方もないエネルギーを消費しつづけるからだ。いま、コンピュータが行っているAI領域は、データの処理からパターンを見つけ、成功した時に優先順位を上げていくものが大半だ。囲碁や将棋のようなルールがシンプルで、パターンが計算しやすいゲーム、遺伝子のような特異性を見出すのに取り組みやすい分野で成果が出はじめている。可能性は大いに感じている。事例からケースを見出す裁判や検事、弁護士の業務、金融でのリスク計算、シミュレーション、私がいま書いている原稿、スポーツの実況、マーケットの分析のような定型で少しだけ不規則性があり、過去にもデータがある分野で、大いに成果を出すだろう。
だが、変異が激しい領域は、まだ当分はAIの成長が追いつけない。気象や渋滞も予測の精度が大幅に向上するには、当分データを集めることになるだろう。クルマが走りながら、障害物と路面を分析しながら、理想的な答えを出しながら走るには、まだ多くの課題が残されている。この作業、まだ当分、人間の頭脳の方がエネルギー効率はいい。ただ、もうボトルネックは見えている。実現は、夢物語ではなく、現実だ。こうなると過去の歴史では、人間は想像より早く作り上げることができるだろう。

人民網日本語版
中国軍の武器・装備が実り豊かな成果を挙げた2016年 (2017.1.5)

2016年は、中国軍にとって大きな前進の1年であり、武器・装備が実り豊かな成果を挙げた1年でもあった。殲-20が公開され、運-20が空軍に就役し、大型水上機AG-600「蛟竜」がラインオフした。「遼寧」に搭載される戦闘機「殲-15」が対空・対海攻撃能力を備えたことは、空母はすでに戦力を形成したことを意味する。各種高性能地上装備が中国航空ショーとロシアの「国際軍事競技2016」に登場し、中国の武器・装備の開発水準と先進的理念を示した。
「殲-20」「威竜」戦闘機の衝撃的な初公開
2016年11月1日、中国の次世代ステルス戦闘機「殲-20」が全世界に初公開された。
AG-600「蛟竜」水上機がオフライン
AG-600大型水陸両用機の全体的技術水準と性能は世界の同類の航空機の先進水準に達しており、独自の知的財産権を持ち、森林火災、水上救援など各種特殊任務に利用できる。
「遼寧」が艦隊攻防作戦能力をすでに形成
2016年12月、「遼寧」は初の遠洋航海を行うと共に、空母艦隊による武器を実際に使用した演習を行った、としている。

アメリカに次ぐ圧倒的な予算規模に答えるように、中国軍は技術的な進歩を遂げている。アメリカが技術で脅威を感じるのに、あとどれくらいの時間の余裕があるだろう?少なくとも、日本は費用と規模ではすでに勝てない状況に入った。日本は日米同盟を死守しなければ、国家の存続がワークしない条件が整った。これをもっとも喜んでいるのは、アメリカかもしれない。
ロシアがどこまで中国の軍事拡大路線を許容するかは判らないが、アメリカの前に中国が理解を得なければならないのは、国境も接しているロシアだろう。
このカネの使い方で手にしたものが、自国防衛の意図以外に、たとえばシリアのような場所への国際貢献に使われるなら、世界は称賛するだろう。南シナ海のようなことをしている限り、いつでもこの動きは牽制に値する。それは西側と呼ばれる人だけではないはずだ。

Wall Street Journal
スマホが子どもの目に与える影響は? (2017.1.6)

スマートフォンを使う時間が長く、屋外で過ごす時間が短い子どもたちに、それ以外の子どもたちよりもドライアイの症状が頻繁に見受けられることが分かった。子どもたちが1カ月間スマホを使わないようにすると、症状はかなり改善したという。この研究は、医学誌「BMCオフサルモロジー」に掲載された。米眼科学会によると、子どものドライアイは視力や学業成績にネガティブな影響をもたらす恐れがあるが、医師が診断で見過ごすことが多い。スマホ、パソコンやその他の端末の画面を見つめると、まばたきが減少する場合があることが分かっている。まばたきの減少は、涙液の蒸発や、ドライアイのリスク増大につながる。またスマホの場合、画面が小さいために目との距離が短くなる傾向がある。研究チームは、これが目を疲れさせている可能性があると指摘している。韓国の研究チームは、7~12歳の子ども916人を対象に目の検査を行った。涙液層の安定性を調べる涙液層破壊時間(BUT)検査などでさまざまな評価を行った結果、ドライアイと診断できる基準だったのは60人で、全体の6.6%だった。このようなドライアイ症状の子どもたちのうち、アンケートでスマホを使っていると答えたのは97%で、1日平均で約3.2時間使っていた。これと対照的に、ドライアイの症状がない子ども(比較対照群)のうち、スマホを使っていると答えたのは55%で、1日の平均使用時間は約37分だった、としている

この統計を見て、多少の抑制を考えたとしても、残念ながらこどもたちがスマートフォンに触れたがることは止まらないだろう。なぜか?シンプルに、大人が血眼で使っているからだ。電車に乗っても、町中でも、朝起きてから、夜寝るまで、パパもママも、知らない人たちも、やけにスマホを凝視している。それを真似たいのが最初だ。それは、テレビも、電話も、ひょっとすると、口げんかや悪口さえそうかもしれない…と思っている。
スマートフォンを想像したスティーブ・ジョブズがiPhoneを発表して10年。彼の家では、こどもたちにデジタル・デバイスは渡さなかったという。驚く人もいるが、私は、伝記で見た彼の家族の姿を見て判った。許さないのではなく、使う必要もなかったのだ。彼の家はきっと、会話がいつも飛び交い、家族がいつも語り合い、ペンとメモを使いながら、テレビやインターネットの情報に頼ることなく、週末の予定や旅行の計画を立てる方がステキだと知っていたのだと思う。洗たく機を買い替えるのに数年かけて考える家族。それは苦痛ではなく、きっと楽しいディスカッションだったのではないか。
そういう家では、たぶんこどもが早くからメガネになっても気にはしない。それがテクノロジーによるかなど、考えもしない。もっと大事なことがある。何がしあわせなのか。何をしたいのか。優先順位が変わることはない。
医療や研究の価値は認める。テクノロジーを世に出す人には、さらに気にすべき点があるのも理解した。こどもが、それを使って不幸になる原因は、すべて大人にあるのだけは、最初から自明だ。

Comments are closed.