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2623.報道比較2016.5.31

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リーダーには、資質が絶対的に必要だ。一方、仕事は結果でしか評価されない。いまのリーダーたちは、理念に溺れている。結果はどこへ行った?

日本経済新聞・社説
市場機能を傷めぬ株高速取引のルールを

2016年初めから株価が乱高下する場面が目立つようになり、高速取引が相場変動を大きくしているのではないか、といった指摘も増えた。そこで金融庁は金融審議会の場で、ITを駆使した株式取引への対応を検討し始めた。必要に応じて新たな規制を導入する可能性もあるという。市場構造の変化に対応し取引ルールを整備することは必要だ。しかし、株式市場の重要な機能のひとつは自由な取引によって資本を効率的に配分し、経済の活性化に役立つことにある。過剰規制でその機能が損なわれるようなことがあってはならない。欧州では2018年から高速取引のファンドに登録制を導入し、リスク管理などを義務づけることにした。米国でも同じような登録制が検討されている。株式取引のグローバル化を考えれば、日本の市場監督当局が国際的な流れに足並みをそろえるのは自然なことだ。日本の取引ルールが未整備なままでは世界の市場を不安定にさせかねない。高速取引には市場に流動性を供給する機能があるとの指摘は多い。過剰規制は流動性を低下させ、円滑な株価形成の妨げになる。投資家や企業など広く市場参加者に不利益が及ぶようなことは避けなければならない、としている。

日経は政治の憶測にはスルー。いい傾向だ。余計なノイズに囚われるくらいなら、リスクだけ管理すればいい。この日経のスタンスが確立され、政治を冷静に観察できるようになれば、日本のメディアにも可能性が復活する。
マーケットに高速取引の弊害を指摘する人は多かった。私は勉強不足でどれだけの実害が出ているのか理解していない。ボラティリティが上がるのなら、それを利用したり、取引単位を小さくすることで回避できるのではないかと思っていたが、そうでもないのだろうか?クジラと呼ばれた年金資金の方がよほど市場を乱している気がするが。
弊害が大きく、投資家に不利益がつづけば、大きな投資家は公式な取引所への参加を避け、小さな投資家は違う運用を考えるだろう。結果、商品や先物のようなマーケットになる。規制するのがハッピーかは判らないが、フェアを保証するのは取引所の仕事だ。

朝日新聞・社説
消費増税の再延期 首相はまたも逃げるのか

来年4月の予定だった10%への消費増税を2年半先送りし、実施は19年10月とする。安倍首相が、政府・与党幹部に増税延期の方針を伝えた。もともと15年10月と決まっていたのを17年4月に延ばしたのに続き、2度目の先送りである。私たち今を生きる世代は、社会保障財源の相当部分を国債発行という将来世代へのつけ回しに頼っている。その構造が、1千兆円を超えて国の借金が増え続ける財政難を招いている。だから、税収が景気に左右されにくい消費税を増税し、借金返済に充てる分も含めすべて社会保障に回す。これが自民、公明、民主(当時)3党による「税と社会保障の一体改革」だ。国民に負担を求める増税を、選挙や政局から切り離しつつ、3党が責任をもって実施する。それが一体改革の意味だった。選挙に絡めて増税を2度も延期しようとする首相の判断は、一体改革の精神をないがしろにすると言われても仕方がない。選挙を前に、国民に痛みを求める政策から逃げることは、一国を率いる政治家としての責任から逃げることに等しい、としている。

産経新聞・社説
消費増税の再延期 首相は国民に説明つくせ

安倍晋三首相が政府与党の幹部と相次いで会談し、来年4月の消費税増税を2年半再延期する方針を示した。国内景気は力強さを欠いている。このまま予定通りに増税すれば、デフレ脱却が危うくなる。そう判断したのであれば、ひとつの選択肢だ。ただ、その前提は、増税できる経済環境を作るという約束を果たせなかったことを首相が認め、その原因を明確に説明することだ。同時に、アベノミクスの足らざる部分を具体的にどう補強するかを示さねばならない。成長戦略や持続的な社会保障制度の構築は万全だったのか。これらに向き合わず、再延期の理由を海外経済のリスクに求めるばかりでは、国民の理解は得られまい。それだけではなく、経済再生の処方箋も誤りかねない。首相には丁寧に説明を尽くしてもらいたい、としている。

毎日新聞・社説
首相の増税再延期 税の議論をゆがめるな

安倍晋三首相は来年4月に予定されていた消費増税を2年半後に先送りする方針を固めた。首相は通常国会の閉幕間際に政府・与党内で調整を急いでいる。2014年11月18日、増税の1年半延期を決め衆院を解散して民意を問う際に首相は記者会見し、「再び延期することはない。ここで皆さんにはっきりと断言いたします。必ずや(増税可能な)経済状況をつくり出す」と語っていた。今回の判断は首相が憲法改正のステップと位置づける参院選直前のタイミングで下された。14年の衆院解散と同様、税制を政権維持の道具に使う構図が繰り返される。首相方針通りに増税が2年半延期された場合、実施は19年10月となるため、同年の統一地方選や参院選以降となる。しかも首相の自民党総裁としての任期は延長されない限り18年秋で切れるため、増税時期が任期を越えてしまう。国民の政治への信頼を損ないかねない無責任な対応である。国民の生活に大きく影響する消費税に関する基本方針の転換だ。徹底的に議論を尽くすべきだ、としている。

読売新聞・社説
消費増税延期へ 「脱デフレ」優先の説明尽くせ

安倍首相が、消費増税を2年半延期し、衆参同日選を見送る考えを与党幹部に伝えた。麻生副総理兼財務相や自民党の谷垣幹事長らとの協議を経て、公明党の山口代表とも会談した。2017年4月の消費税率10%への引き上げは、19年10月まで先送りする。与党は、一連の首相の判断を受け入れる方向だ。景気の回復は足踏みを続けており、デフレ脱却は道半ばである。特に内需の柱の個人消費は、14年4月に実施した前回の消費増税で落ち込んだままだ。ここで増税を強行すれば、消費マインドがさらに冷え込む恐れがある。脱デフレによる日本経済再生を掲げる首相が、増税延期を政治決断したのは理解できる。首相は、増税を先送りした場合も、20年度に基礎的財政収支を黒字化する財政健全化目標は堅持する方向だという。高い成長を前提とした現行の計画でも、6・5兆円の赤字が残る。10%への引き上げによる増収分で予定されていた社会保障の充実策の財源に、穴が開いてしまうという問題もある、としている。

日経を除いて、国内一般紙が消費増税の再延期を選出。産経が冷静で的を得た主張をしている。朝日、毎日の安倍政権へのアレルギーのような感情的な意見や、読売の応援型の擁護では見えにくい部分を、産経がうまくバランスを取っている。
社会は、これで安倍政権に対して「ノー」に軸足を移すだろう。政治家としての資質から考えて、もう信任の限界を越えた。最優先と言っていた経済政策は、何もせずに日銀任せで、財政再建は遠のいた。アベノミクスは完全に失敗。他に手はあったのか、という反論はあるだろうが、全力で経済に取り組んでいたと思う人はいないだろう。ずっと安全保障と憲法ばかりやっていた。キャッチフレーズとバラマキに終始したアベノミクスに、もはや期待はない。しかも増税の延期は自分の任期後だそうだ。リーダーに相応しい人ではないだろう。これなら誰がやっても一緒。それなら、私は違うリーダーを求める。そんな感覚を肌で感じるからか、衆議院は解散しないそうだ。どこまでも無責任。憲法どころか、もう何も任せたくない。不信任案は否決されるだろうが、国民の感覚には近い。素人なりにがんばっていた民主党の方が良かったと思えるほど、安倍政権はひどい。安倍氏が1回目の総理大臣をやった頃から、日本の政治はまるでダメだ。

人民網日本語版
南沙諸島の領土的地位は偽りの言葉で決まるものではない (2016.5.30)

フィリピンが一方的かつ強引に推し進めた南中国海仲裁裁判では、南中国海の島・礁の法的地位と権利の帰属に関する論争が大きな焦点となった。遺憾なことに、フィリピンの論述は白黒を逆さまにする様々な偽りの言葉にあふれ、客観的事実を入念に覆い隠すだけでなく、国連海洋法条約など国際法・規則のしかるべき意味を悪意をもって曲解するものだった。南中国海の島・礁についてのフィリピンの全論述は全体としてその訴訟戦術に役立たせるものだ。中国は南中国海諸島及びその周辺海域に対して争う余地のない主権を有する。フィリピンが中国の領土主権と海洋権益を侵害したことが、中比南中国海紛争の根本的原因だ。また、主権の帰属および海洋境界の画定に関する紛争は国連海洋法条約が明文で規定する管轄権除外事由だ。この2点を確認するだけで、一方的に強制仲裁に訴えるフィリピン側の企てが、はじめから実現可能性のないことがわかる。法律の旗印を掲げて、中国の譲れぬ一線に悪意をもって挑戦するフィリピンの卑劣な企ては、思い通りにならない運命にある、としている。

連日のフィリピン批判の中、習氏は姑息な動きもしている。

習近平主席、フィリピン次期大統領に祝電 by 人民網

傀儡を狙おうということだろうか。アメリカと裏工作の戦いが勃発しそうだ。アジアはいつもこれで政治が不安定になり、成長の足下をすくわれる。この悪のスパイラルから抜け出すべきだと、いつ気づけるだろうか。

Financial Times
右派ポピュリズムを打破する方法 (2016.5.25)

トランプ氏は右派のポピュリストだ。ポピュリストは制度を軽んじ、専門的な技術や知識を退け、その代わりにカリスマと無知を持ち込む。右派のポピュリストは外国人も非難する。トランプ氏はその上に「ディール(取引)」というゼロサム的なものの見方も持ち込んでいる。トランプ氏が本選挙で敗れる可能性はまだかなりある。そうなるかどうかは、民主党のバーニー・サンダース氏が独立系候補としての出馬を決断するか否かに左右されるかもしれない。しかし、トランプ氏が本選挙で敗れれば、この問題はすべて片がつくのだろうか。議論の余地はあるものの、答えは恐らくノーだろう。確かに、ポピュリストの盛り上がりはひとまず収束するかもしれない。だが、収束しない可能性もある。無理からぬことだが、世界経済で米国が果たしている役割の正統性は、米国内では損なわれてしまったからだ。高所得国において、グローバル化とハイテク化で富を得た勝ち組は負け組に対して責任を感じていないように見受けられる。減税だけですべてが解決するはずはない。何と言っても、システムの正統性はエリートの働き次第であり、そのエリートの働きぶりがお粗末なのだ、としている。

英国のEU離脱の是非は、すでに残留決定が既定路線になりつつある。これは、世界のメディア、オピニオン・リーダーたちの努力の結果だ。次は、アメリカのリーダー選出に、世界が「目を覚ませ」と言う番だ。Financial Timesはその仕事を始めたようだ。
トランプ氏選出阻止というより、ポピュリズム批判は適切だ。トランプ氏が本気でリーダーをやるつもりなら、もう少し考えてもいいが…彼は相変わらずだ。矛盾だらけ、ごまかしの連続、思いつきのような過激な発言は止まらない。
Financial Timesが指摘した、アメリカを取り巻く同盟が解消に向かった時の世界の無秩序は、失望という言葉を越えている。アメリカが世界の超大国になった日からの歴史が瓦解する。「平和や安全は空気が空気のように思えていた幸福」という説教のレベルではない。こうしてインターネットが不自由なく動いていることから、飛行機とは飛んで降りるのが当たり前、約束とは守られるのが当たり前というレベルまで…何もかもが壊れてしまうかもしれない。
私はアメリカという国の誇りの崩壊まではイメージできていたが、地球規模の絶望までは想像していなかった。Financial Timesの主張を吟味したい。

Wall Street Journal
オバマ氏の「道徳革命」では核拡散止まらず (2016.5.30)

国家安全保障を語るときによく出てくるのが、核という精霊をボトルの中に戻すというアイデアだ。オバマ米大統領が27日に広島で行った演説の中で提案したのはまさにそんな奇跡だった。オバマ氏は「米国も含めて核の備蓄を持つ国が恐怖の論理から逃れる勇気を持ち、核のない世界を追求しなければならない」と語った。核の精霊は核兵器の存在だけを指すわけではない。核兵器を製造するための技術的知識もまた核の精霊である。北朝鮮は世界で最も経済的に困窮した国の1つであるにもかかわらず、核爆弾やミサイル輸送システムを製造する知識を手に入れた。しかも自国のためであろうと他国への輸出のためであろうと、核兵器技術の開発をやめる気はさらさらないようだ。オバマ氏が許した核拡散に対処するには、核の時代に世界に求められていることは「道徳革命」と発言するだけでは不十分である。オバマ氏の演説は確かに雄弁だった。しかし次期大統領はそれをはるかに超える政策を打ち出す必要がある、としている。

前述のFinancial Timesの文脈を継ぐようなWall Street Journalの社説。ふたつを並べると、いま、世界がリーダーシップに求めていること、私たち自身にとって必要なことが見えてくる。
リーダーには、資質が絶対的に必要だ。安倍氏には、その資質の欠落が証明された。オバマ氏には十分に見える。
一方、仕事は結果でしか評価されない。いまのリーダーたちは、理念に溺れている。結果はどこへ行った?と言いたいくらい、オバマ氏には崇高な理念とはかけ離れた結果しか思い浮かばない。オバマ氏がクリーンなだけでないのは、大人なら知っている。アラブの革命も、ウクライナも、きっかけがアメリカの陰謀だったことはすでに告白されている。プーチン氏がクリミアを盗りに行った理由が正当化されても不思議ではないくらい、オバマ氏は見えない工作にも時間を使っている。ナイスガイのイメージと、崇高な理念。そのブランドを棄損しないよう、裏に隠された工作の数々。リーダーが使える権力を余すことなく使うなら、彼が出すべき結果は、まったく期待外れだ。
世界の歴史は、リニアだ。オバマ氏がいるから、ポピュリズムが生まれた。オバマ氏を生んだのは、絶望の金融危機と、裏付けのない妄想ではじめた戦争という名の破壊行為だった。その前は…候補者は、悪意と呼ばれない範囲で、その空気をうまく利用する。私たちは、リーダーを選ぶ時、期待し過ぎる。依存し過ぎる。
リーダーに賭けるのは、もうやめよう。これは宝くじより確率が低い。彼らにさせるべきは仕事、つまり結果だ。安倍氏に期待したのは経済の再生であって、憲法の改正ではなかった。オバマ氏に期待したのは「チェンジ」であって、理念ではなかった。何もかも政治に委ねるのが間違いだ。彼らに、もっと端的に、シンプルに仕事をさせることはできないだろうか?全部やって欲しいと思ったことなど、一度もないのに、彼らは余計なことをやりたがる。それでバランスを取ったつもりなら、大きなお世話だ。
私たちが、政治からなるべく独立すべきだ。払った税の分だけ、自らが分け前をもらうべきという発想をやめて。少しずつ、行政に委ねてきたものを、もう一度、自分に主導権を取り戻したい。テクノロジーがそれを可能にしてくれることがないだろうか?ゆっくり考えはじめようと思う。

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