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2510.報道比較2016.2.7

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日本の社説のトピックのばらつきが激しい。価値観の多様化ならいいが、違う印象だ。遅れるだけの付加価値も少ない。

朝日新聞・社説
GPIF改革 株式論議より組織強化

GPIFの組織と運用の改革を考える厚生労働省の審議会で議論の焦点となっている。現在、国内株式での運用は、外部の金融機関への委託に限られている。直接、買うようにすれば、市場の変化に機動的に対応でき、手数料も節約できる、というのが解禁派の理屈だ。だが、「国の機関」としての性格を持ち、130兆円を超す巨額の資金を持つGPIFが個別企業の株式を買うことは、政府と企業の関係や市場での価格形成などの点で弊害が大きい。そもそもGPIFに求められているのは、年金財政の中で見込まれた運用目標のもと、安全に収益を上げることだ。現在の収益はその目標を上回る水準だ。なぜ、運用方法の見直しが必要なのか。GPIFの体制は、巨額の資金を運用する組織としては、あまりに脆弱と言われてきた。いま取り組むべきなのは、その強化であって、自由に投資をできるようにすることではない、としている。

日経が1週間前に取り上げたトピックだ。最近、各紙の話題のばらつきが激しい。スルーするのではなく、数日経ってから取り上げる。しかも、内容の深みはまったくない。コピペという印象はないが、遅れるだけの付加価値がゼロでは、メディアとしての価値は低い。各紙の優先順位が異なるのはいいが、遅れたらその分の考察が欲しい。

読売新聞・社説
大学入試改革 理念と実現性の接点を探れ

大学入試センター試験に代わる新テストの中身が見えてこない。検討が進むにつれて、実施態勢など様々な課題に直面しているためだ。文部科学省は、2020年度から新テストを実施することを目指している。来月末までに有識者会議で最終報告をまとめる方針だ。しかし、拙速は禁物だろう。記述式のテストをマークシート方式と分離し、前年の11~12月に前倒しで実施する案が急浮上している。ただ、この案だと、受験シーズンが長期化し、高校の行事日程や部活動などに影響を与えるのは避けられない。新たな共通テストと個別試験で、それぞれ受験生のどんな能力を判定するかという点についても、議論を尽くしてほしい、としている。

これも、毎日が1.18とずいぶん前に取り上げている。2週間を経て、進展していないのは読売も文科省も一緒。このスピードでは、2020年には到底間に合わない。以前、私がイヤミで言った「国立競技場と同じ結末?」が現実を帯びてきた。入試でトラブルを抱えれば、インパクトは計り知れない。ゆとり教育並みのひどい提案のような気がする。事故を回避するためにも、どんどん突き上げた方がいいのではないだろうか?

日本経済新聞・社説
将来世代を考えた年金額の抑制が必要だ

年金支給水準を毎年小刻みに切り下げていく仕組みは04年度の年金制度改革で導入された。「マクロ経済スライド」と呼ばれる。ただこの仕組みは、高齢者の生活を考慮して、物価や賃金が下がるデフレ状況下では発動できないなど一定の制約が設けられた。その後、日本経済はデフレが続いた。その結果、マクロ経済スライドは発動できず、年金の支給水準は高止まりしたままとなった。脱デフレ傾向が強まった15年度に初めて発動することができたものの、16年度はまた発動できない状況に戻ってしまう。すでに年金を受け取っている人たちにとって、支給額が減らないのは喜ばしいことに違いない。しかし、その代わりに子どもや孫の世代の支給額がさらに減るとしたらどうだろう。世代間の格差を広げないためには、今のうちから少しずつ我慢することも必要ではないだろうか。政府・与党にはそこをごまかさず、正々堂々と国民に訴えていく姿勢が求められる、としている。

機械的にやると決めながら、実施となると裁量が入るのでは、とても信頼できない。中国のサーキット・ブレーカーも同様だが、やると決めたらやる、役に立たないならルールを早々に見直さないと、不信感が募り、目的はずっと達成されない。もうすでにその状態に陥っているから、延滞や不払いが止まらないのだろう。裁量を介入させているのは政治だろう。その責任は取ってもらいたい。

産経新聞・社説
サイバー攻撃 有事の危機感共有したい

官庁や民間企業などを狙ったサイバー攻撃が相次いでいる。国際的なハッカー集団「アノニマス」によるものとみられ、警察庁が確認した「犯行声明」は昨年9月以降、140件を超えたという。犯行の大半は大量のデータを集中的に送りつけてホームページを閲覧不能にする手口だ。国の業務などの執行を妨害するテロであり、到底許されない。政府は国家資格の創設も検討している。サイバー犯罪に立ち向かう「ホワイトハッカー」などの人材発掘、育成も欠かせない。日本では今年5月に伊勢志摩サミット、2020年には東京五輪が開かれる。こうした国際イベントもサイバー攻撃の標的となる可能性が大きい。誰もがサイバー犯罪の被害者になり得る。その危機感を国民ひとりひとりが持ち、できる対策から着実に取り組みたい、としている。

指摘は正しい。結びの「できる対策」を提示して欲しい。

毎日新聞・社説
北方領土の日 交渉阻むロシアの強弁

GPIFの組織と運用の改革を考える厚生労働省の審議会で議論の焦点となっている。現在、国内株式での運用は、外部の金融機関への委託に限られている。直接、買うようにすれば、市場の変化に機動的に対応でき、手数料も節約できる、というのが解禁派の理屈だ。だが、「国の機関」としての性格を持ち、130兆円を超す巨額の資金を持つGPIFが個別企業の株式を買うことは、政府と企業の関係や市場での価格形成などの点で弊害が大きい。そもそもGPIFに求められているのは、年金財政の中で見込まれた運用目標のもと、安全に収益を上げることだ。現在の収益はその目標を上回る水準だ。なぜ、運用方法の見直しが必要なのか。GPIFの体制は、巨額の資金を運用する組織としては、あまりに脆弱と言われてきた。いま取り組むべきなのは、その強化であって、自由に投資をできるようにすることではない、としている。

いま、ロシアとの関係は、日本の中でもっとも冷めていながら、優先順位を決めかねる相手だ。中国以上に世界に影響を与える国。ウクライナの事を忘れるわけにはいかない。単独で逢いに行けば済む話でもないだろう。リマインドとしての社説の価値はあるが、内容は当たり障りのないものだ。これなら、いまの微妙な世界情勢を解説してくれる方がありがたい。

人民網日本語版
AIIB、英韓印などから5名の副総裁選出 (2016.2.6)

アジアインフラ投資銀行(AIIB)の公式サイトは5日、5名の副総裁を正式に選出したと発表した。それぞれイギリス、韓国、インド、ドイツ、インドネシア5カ国の出身者だ。英「フィナンシャル・タイムズ」紙の5日の報道によると、英財務省首席担当官ダニー・アレキサンダー(Danny Alexander)氏が、AIIBの副総裁に就任し、銀行の対外連絡事務や会議事務を担い、特に銀行管理層や理事会間の連絡業務に携わるという。韓国産業銀行(KDB)の洪起沢(ホン・ギテク)会長がAIIBの副総裁に就きリスクマネジメントを担当するという情報は、3日の時点で韓国政府が明かしていた。
ドイツのヨアヒム・フォン・アムスバーグ(Joachim Von Amsberg)氏は政策・戦略を担う。AIIBによると、同氏は世界銀行の上級職で25年のキャリアを有する経験豊富な人物だ。また、インドのパンディア(D. J. Pandia)氏とインドネシアのLuky Eko Wuryanto氏はそれぞれ投資と行政を担う。ロイター通信は5日、AIIBの金立群総裁の話を引用し、「異常なまでに強大で奉仕精神のあるチーム。経験豊かで専門的だ」と伝えている、としている。

運営がはじまるのはいつだっただろうか?徐々に世界の注目度は下がっている。副総裁を中国以外から選ぶのも想定内。次にみんなが期待しているのは、結果だ。みんな、楽しみにしている。茶化してはいない。本気だ。

Wall Street Journal
習主席の下、中国で復活する「自己批判」 (2016.2.3)

中国で調査会社を経営していた英国人のハンフリー氏は2013年に、顧客の英製薬大手 グラクソ・スミスクライン の贈賄疑惑を調査していたかどで、米国籍の妻ユー・インゼン氏とともに中国当局に拘束された。上海第一拘置所の警察はハンフリー氏にジャーナリストたちと会えると伝えた。ある警察官は「うまくやれば、寛大に扱ってもらえる」ことをほのめかした。その意味は明らかだった。罪を認め、謝罪せよということだ。薬のせいで足元がふらついていたハンフリー氏は、鉄の檻の中で手錠をかけられた姿で座っていた。ジャーナリストたちは彼の悔恨の言葉を記録しようと、檻のバー越しにカメラのレンズを向けた。こうした辱めは「自己批判」として良く知られている。「自己批判」の文化は、中国の社会主義国家としての過去の遺物とともに戻ってきた。香港大学のメディア研究機関「中国メディアプロジェクト」の研究員、デービッド・バンダースキ氏は「自己批判」を暗い文脈の中でとらえ、「服従を命令し、従順さを強要するための、権力の心理的な道具だ」と指摘する、としている。

人も、社会も、国家も、うまくいかない時にこそ、本性が現れる。ロシアや中国を見ると、影になるあまりに暗い部分に恐怖を覚える。彼らは、アメリカの陰謀といって報道さえ批判するが、事実は国民が、世界が肌で感じ取っている。80年代のアメリカはひどい有り様だった。いまの日本も、格差が広がり、ヘイトスピーチが起き、秘密法という不穏な法ができたりする。それでも、権力者の思うとおりにならない人は生きられないような社会ではない。好きなことを言えるし、言うことを聞かなくても死ぬことはない。生きにくい世の中で、不自由さに満ちているように見えても、自己責任の中で、やはり自由をベースに生きられている。
この自由さがなくなったら、日本からも人やマネーが流出するだろう。それは、絶対に起きないとは言い切れない。前述の秘密法も、安倍政権がメディアに圧力をかけているという話も、程度の差はあれ、事実だとしても、まだボーダーラインは越えていない。国家権力がそれをやれば、クーデターや革命が肯定される。今より殺伐とした世になり、経済など後に追いやられる。いまの日本の政権が、そのボーダーラインを越えてもいいかを観測しているような気がしてならない。絶対に、気を緩めてはならない。

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