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2138.報道比較2015.3.11

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震災から4年。3.11から日本は分裂してしまった。4年経ち、その分裂感が未だ修復されていないことがさみしい。一体感を感じらえるのは、いつになるだろうか。

朝日新聞・社説
福島の復興―住民の選択いかす政策を

東日本大震災と福島第一原発の事故から丸4年が経った。政府は26兆円に及ぶ復興予算を組み、今月1日には首都圏と被災地を結ぶ常磐自動車道が全線開通した。インフラの復旧は着実に進んでいる。しかし、原発事故収束のめどはたたず、福島県では今も約12万人が県内外に避難している。約2万4000人が暮らす県内の仮設住宅は、避難の長期化で傷みも目立ち始めた。復興公営住宅は用地の造成などに手間取り、建設が遅れている。5万人近くは県外で暮らす。震災と原発事故があった福島には課題が山積している。第一原発は雨が降れば汚染水が流れ、壊れた核燃料の取り出しもこれからだ。避難元の町は、放射線量が高くて数十年戻れないところもある。復興は、世代にまたがる取り組みになる。この4年間、賠償や放射線問題を巡って住民の意見が割れることもあった。再生は容易ではない。それでも、政府や自治体は住民ニーズに目をこらし、柔軟に応じてほしい。事故が真に収束するまで、行政全体に課せられた責務である、としている。

産経新聞・社説
大震災4年 鎮魂と我が命守るために 被災の記憶を心に刻もう

4年前の3月11日、東北を中心とする東日本は激しく揺れ、広く太平洋岸を襲った大津波は多くの人をのんだ。東日本大震災による死者・行方不明者は1万8000人を超える。肉親や友人、知人を亡くしたその何倍もの人々が、今も悲しみ、苦しんでいる。改めてこの日を鎮魂の日と心に刻み、犠牲者の冥福を祈りたい。今もなお、約22万9000人が避難生活を送っている。約8万人が暮らす仮設住宅の東北の冬は寒い。災害公営住宅への入居や自宅再建も順調に進んでいるとはいえない。原発事故の影響を受けた福島県では復興の緒にすらつけない地域がある。被災地で震災は、今も進行形の惨事である。復興や防災に政府や自治体が全力を挙げるのは当然のこと、国民一人一人が何をできるか、常に考える必要がある。震災の記憶を風化させるわけにはいかない、としている。

日本経済新聞・社説
被災者自立へ細やかな復興支援を

仙台空港に近い宮城県岩沼市の玉浦西地区。広がる約20ヘクタールの土地に真新しい住宅が並ぶ。津波で被災した沿岸部の6集落の住民が集団で移転する宅地だ。すでに入居が始まっており、最終的には1000人が暮らす街になる。東日本大震災から4年がたち、岩手、宮城、福島の被災3県の各地で街づくりが本格化している。ただ、岩沼のように完成のめどがたったところは多くない。被災者の悩みは住宅問題に限らない。健康の相談から仕事のあっせんまで、一人ひとりに寄り添う取り組みが今こそ求められる。産業の再生は道半ばといっていい。政府の補助金を受けて立地する企業はおよそ900社に達し、被災3県の生産水準は震災前に戻りつつある半面、業種ごとの違いが目立ってきた。東京電力・福島第1原子力発電所の事故の影響は今も深刻だ。事故から4年たち、帰還困難区域でも地域によって放射線量にはばらつきがある。一律に帰還困難とするのではなく、線量に応じて区域の見直しを検討すべきだ。福島の復旧を「面」へと広げたい。これから被災地ごとの復興の状況にはますます差が出てくるだろう。被災者が抱える事情や取り巻く環境は様々だ。被災者一人ひとりが苦難を乗り越え、自立した生活を取り戻せるように、これまで以上に国や自治体のきめ細かな支援策が要る、としている。

毎日新聞・社説
東日本大震災4年 復興に関わり続けよう

東日本大震災の発生からきょうで4年を迎えた。約23万人がなお避難生活を送り、そのうち8万1730人はプレハブ仮設住宅での暮らしが続く。家族らが犠牲となり、住居を失った多くの人たちにとって、時計の針は止まったままだ。総額25兆円の財源を確保した国の5年間の集中復興期間は来春終了する。政府は国による費用の全額負担を見直し、住宅や堤防建設など本体と位置づける事業以外での地元負担を検討している。安定した雇用の確保が生活安定のカギを握る。公共事業を中心とする復興需要はあと数年で必ず終わりが訪れる。付け焼き刃でない持続可能な地域づくりが問われている。第1次産業の再興、急速な高齢化と人口減少、地域共同体の維持など被災地が向き合う問題は決して特殊なものではない。むしろ、日本の社会全体が直面する課題の縮図だ。被災地で苦闘する人たちの姿は、明日の私たちの姿でもある。東京電力福島第1原発事故に伴い12万人がなお避難する福島の苦悩は、大都市圏の電力供給を地方に立地した原発が担ういびつな構図から生み出された。だとすれば、生活を再建していく責任を国民全体が分かち合わねばなるまい。復興の道は長く険しい。それでもかつて多くの人がボランティアとして現地で復旧作業に参加したように国民一人一人が被災地に関心を持ち続け、できる限りの協力を惜しまないことが自立への大きな力となるはずだ。4回目の「3・11」にあたり、その思いを共有したい、としている。

読売新聞・社説
大震災4年 優先度を見極めて復興進めよ

1万8000人を超える死者・行方不明者が出た東日本大震災の発生から4年を迎えた。犠牲者の冥福を改めて祈りたい。病院や学校の復旧率は、被災地全体で90%を超えている。インフラ整備など、ハード面の復興には一定のメドがついた分野が多い、との声が政府内にある。確かに、被災地の復興は、ソフト面に重点を移す段階に差し掛かっていると言えよう。2015年度は、政府が掲げる5年間の集中復興期間の最終年度だ。事業費は計26.3兆円に上る。宮城、岩手両県の18市町村の首長らは先月、竹下復興相に期間延長を要望した。ほとんどの自治体で、復興事業は2016年度以降も続く。3県の試算では、さらに8兆円超が必要だという。26.3兆円は、所得税の特別増税などで、ようやく確保した財源だ。集中期間終了後に、全体として支援規模が縮小していくのは、やむを得ないだろう。復興を成し遂げるために何が必要か。それを精査し、優先度の高い事業に、重点的に財源を充てるなど、メリハリをつけた支援が、より重要になってくる。首相は「被災者に寄り添いながら、復興に全力を挙げていく」と語った。国民全体で被災地を支えることを再確認したい、としている。

朝日と日経の主張には冷たさを感じる。行政、国、と言いだした時、他人事として扱う距離が生まれる。痛みを共有する意思は感じられなく、残念だ。
つい最近も、福島第1原子力発電所の廃炉は計画がまた延期、高濃度の汚染水が見つかった。それでも再稼動にむかうなし崩しは止まらない。震災からの復興の風景もまた、いまの日本の結束力のなさ、決断できない弱さを感じる。「雨降って、地固まる」。災害は、その復興の際に協力する意識を覚醒する。本来、そういうものだが、3.11から日本は分裂してしまった。4年経ち、その分裂感が未だ修復されていないことがさみしい。一体感を感じらえるのは、いつになるだろうか。

Wall Street Journal
ピケティ氏が方向転換、「格差」論者に再考促す (2015.3.10)

ピケティ氏は最近、驚くべき方向転換に踏み切り、同氏の結論を基に多くの人々が練り上げた政策の処方箋を台無しにしている。5月にアメリカン・エコノミック・レビュー誌に掲載される予定の論文「21世紀の資本について」で、自身の著作が深読みされ過ぎていると述べた。論文はオンライン上ではすでに閲覧できる。「『r>g』は主要ツールではない」ピケティ氏は新たな論文で、第1次世界大戦前の極端で根強い貧富の格差を説明するのに自身の理論的枠組みを適用しただけで、過去100年については多くを語っていないと主張。「20世紀の所得と富の変遷を考える上で『r>g』(という不等式)が唯一のツールではなく、主要なツールでさえないと見ている」と述べた上で、「21世紀に起こる不平等の過程を予想するものでもない」と付け加えている。英紙フィナンシャル・タイムズの経済担当エディター、クリス・ジャイルズ氏はピケティ氏の著書を入念に吟味した後、昨年5月にこう結論付けた。「過去30年間に貧富の格差が拡大し、富の不平等な分配は欧州より米国の方が顕著だという『21世紀の資本』の2つの主な主張は、もはや成り立たないように見える」ピケティ氏はこうした批判に対し、著書で使われた材料はすべての事例を裏付けるわけではないと述べたほか、「21世紀の資本」は根本的には歴史書だと反論している。これは確かに称賛に価する。次は、ピケティ氏に追随して新たな富裕層の時代に向かっていると声高に主張した人々が反論する番だ、としている。

無責任な話になってきた。話題になりすぎ、何か不利益を被っているのだろうか?日本政府などは、これを裏付けに政策を考えはじめていただろうに。私自身も、発想の転換を迫られるものと意識していただけに、梯子を外された気分だ。STAP細胞並みの残念さ。先行きを見守るしかない。

Financial Times
通貨安競争、先進国の景気浮揚効果に疑問符 (2015.3.10)

最初が日本だった。日銀が2013年4月に大規模な資産購入プログラムに乗り出して以来、円は対ドルで20%強下落した。次がユーロ圏の番だった。欧州中央銀行(ECB)の金融緩和を受け、ユーロは過去1年で円と同じくらい下落した。中国でさえ、昨年下半期に人民元の対ドルレート上昇を容認した後、ここへ来て静かに元安誘導を決めた可能性がある。低い為替レートの威力に対する信念は、複数の先進国の経験と相反する。金融危機の最中、英ポンドは通貨バスケットに対して25%以上下落した。しかし、これほどの通貨安でさえ、英国の経常収支を改善させることができなかった。同様に、円相場の急落は、海外での日本製品の販売をほとんど押し上げていない。両国に共通する1つの説明は、英国と日本は通貨下落のタイミングに恵まれなかったというものだ。ベルギー、フランス、アルゼンチンの企業の価格設定行動を調べたさまざまな研究から証拠が得られる。ニューヨーク連銀のメアリー・アミティ氏が同僚と行った調査は、国際貿易を支配する多国籍企業は、為替レートの振れに応じて価格を調整する可能性が相対的に低いことを示した。これらの要素は、為替レート低下のプラスの効果を帳消しにするほど大きくはない。だが、労働集約型の低品質な製品に特化している国の方が、通貨安から大きな利益を得られる可能性があることを示唆している。それ以外の人にとっては、恩恵は多分に小さい可能性がある、としている。

Financial Timesが指摘する通り、世界各国で通貨安競争がはじまっている。政策としては正しいアプローチなのだろうが、コラムニストが指摘する通り、大事なのは「経済成長」だ。失われた20年は、日本の成長がなかった20年でもある。なぜアメリカが世界を牽引するか。イノベーションがアメリカ主導で行われ、その成長を享受しているからだ。他の国は、残念なほどイノベーションを生み出せていない。私は、金融政策とともに、成長を促す必要がある。その宿題は、未だにまともに解かれていない。各国も同様だ。重要なのは成長だ。ではイノベーションは何から生まれるのか?挑戦だ。アメリカを手本にするなら、挑戦の推奨、失敗への寛容があると思う。それを学び、実践すれば、イノベーションは起きる。

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