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1626.報道比較2014.3.11

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震災から3年。国内紙もしっかり取材した印象を受ける。良い社説が並んだ。

朝日新聞・社説
復興への道―住民の納得があってこそ

「復興が遅すぎる」。東日本大震災から3年を迎え、そんな指摘が絶えない。役所の縦割り、土地確保の難しさ、人手や建設資材の不足……。解決すべき課題は、なお山積みである。宮城県気仙沼市で今月初め、住民参加の小さな会合が開かれた。発言はおのずと防潮堤の建設問題に集まった。「防潮堤は高い方がいいという人もいる。しかし、市が掲げるのは『海と生きる』。高すぎる防潮堤はいかがなものか」「家族を失った人に『防潮堤はいらない』とは言いにくい。でも、造れば維持管理や建て替えの費用が子孫に回る。波も守れない、ボロボロのコンクリートが残ったら……」。堤を高くすれば安全性は高まる。だが、防潮堤のために産業がすたれたら、子や孫は気仙沼で暮らしていけない。勉強会の参加者は「守るべきものは何か」と同時に「住民の合意とは何か」も問い続けた。最初は高さ5メートル余の堤で湾をぐるりと囲む案だったが、一部で堤をなくし、別の区間では堤の上に海が見える広場を造る。津波時に立ち上がる金属製の可動式扉を組み合わせ、ふだんの高さを抑える区間も設けた。気仙沼の模索から学ぶべきは「将来世代への責任」と「今を生きる住民の納得」だろう。そのために、行政任せにせず一人ひとりが自ら考え、一致点を見いだす努力を重ねていく。少子高齢化と財政難のなかで苦闘する、被災地以外の地域にも問われている課題である、としている。

産経新聞・社説
大震災3年 前を向き復興への夢語れ 政府は効果的な長期支援を

3年がたった。何年経とうと、3.11が「鎮魂の日」であることは変わらない。3年前、東日本を襲った大地震と大津波による死者・行方不明者は1万8000人を超える。改めてこの日に、犠牲者の霊を慰め、遺族の悲しみを思いやりたい。≪鎮魂と「備え」に思いを≫いまなお、約27万人が避難生活を余儀なくされている。「風化」などという言葉がどれほど実態とかけ離れているか、被災地を訪れれば思い知るだろう。例えば震災直後、被災現場のあまりの広大さに足がすくんだ岩手県陸前高田市では、いまも同じ広さのまま、重機やトラックが行き交う工事現場と化している。復興は緒についたばかりであると、いやでも実感する。原発事故の影響を受けた福島県の被災地の多くは、その緒にすらつけていない。それでも3年がたった。無理強いをしてはいけない。だが前を向ける人は、前を向いてほしい。被災地で同志や同世代の輪が広がりつつある。こうした若い芽をつぶさず育てることこそ、本当の復興につながるのではないか。安倍晋三首相は10日の国会で、「復興は4年目に入る。今年は被災地の皆さまに復興をより実感していただけるようにしていきたい」と語った。言葉通りの1年になることを強く望む、としている。

日本経済新聞・社説
専門超える知を集め想定外なくせ(大震災3年 日本は変われるか)

東日本大震災で甚大な被害をもたらした大津波と原子力発電所の事故。警告する専門家はいたが、学界や行政、電力会社が受け止めず「想定外」にしてしまった。震災後、巨大地震の被害想定が見直され、原発の安全対策が強化された。だが大津波や、原発が電源を失う事故など「起きたこと」の再発防止策にとどまる。科学者や行政が専門の垣根を越え、何が想定外かを絶えず洗い出し、危機に強い社会を築きたい。原発の安全強化も道半ばだ。原子力規制委員会が定めた新しい規制基準は津波のほか火災やテロ、航空機の墜落も想定した。第2制御室や排気設備などを電力会社に義務づけ、再稼働の可否を判断する基準としては妥当だろう。ただ設備面の対策など各論が先行し、めざすべき安全目標がみえない。福島原発事故では多くの住民がいまなお帰宅できず、放射能の健康への影響をめぐり不安も強い。住民の生命や健康を守るため、被曝(ひばく)リスクの低減などを盛り込んだ目標が必要だ。重要なのは、まれに起きる巨大災害と頻度の高い災害を分けて複線的に対策を練り、優先順位をつけて取り組むことだ。それには専門家だけの判断でなく、社会の合意が欠かせない。震災からきょうで3年。次の災害への備えに真剣に踏み出すことが、犠牲者への鎮魂となる、としている。

毎日新聞・社説
東日本大震災3年 まだ程遠い復興への道

死者・行方不明者1万8520人を出した東日本大震災から3年。津波に襲われた地域では再建のつち音が響くが、被災地全体の復興には程遠いのが現状だ。中でも、福島が直面する現状は厳しい。避難者の約半数は福島県民だ。もう一つ、心配な数字がある。津波や地震による直接的な死亡とは別に、避難生活の長期化による「震災関連死」の死者が、福島で1600人を超え、直接死を上回ったことだ。800人台の宮城、400人台の岩手を大きく上回る。見通しのつかぬ放射能との闘い、帰還の悩みと不安、故郷喪失への絶望。福島の人たちの苦悩は深い。政府は昨年12月、福島復興の加速化を宣言した。その徹底を求めたい。各種世論調査では、放射線への不安を感じる県民は、そうでもない人を上回る。個人線量計の配布や、日常の生活環境整備で放射線の影響を減らすなど、一層の努力が必要だ。国や県は、帰還できる市町村については、帰還を促している。ただし、自主避難も含め、帰還の判断は住民の意思を尊重すべきなのは当然だ。帰還か移住か決められず、当面避難を選択する住民に対しても、生活が成り立つ具体的な支援が必要だ。東北や関東の被災地は、原発事故に絡む漁業や農業などの風評被害に苦しむ。こうした地場産業の振興は地域再生の推進力になる。国民一人一人が復興を妨げる芽を摘みたい、としている。

読売新聞・社説
復興加速へ 住まいの再建が喫緊の課題だ

東日本大震災から3年を迎えた。1万8500人の死者・行方不明者に加え、震災関連死も増え続ける。今も27万人が避難生活を余儀なくされ、プレハブ仮設住宅で暮らす人は10万人に上る。政府は、根本復興相の指揮下で関係省庁の局長級が対応を協議する仕組みを作り、住宅再建の促進策を打ち出してきた。復興庁の司令塔機能強化の具体策として、一定の評価はできよう。しかし、岩手、宮城、福島3県で、2月初めまでに被災者に引き渡された宅地や復興住宅は、総計画数の2.1%の985戸分に過ぎない。住宅再建の遅れは極めて深刻である。原因の一つは、用地取得の難しさだ。所有者が不明で、権利関係の把握に時間のかかる土地が多いことが、障害になっている福島県では昨年、郡山、いわき、福島の3市長選などで現職が相次ぎ落選した。復興が進まないことによる閉塞感から、有権者が変化を求めた結果とみられている。11市町村に及ぶ避難指示区域のうち、除染の効果で放射線量が低減した田村市の対象地域で、来月1日、初めて避難指示が解除される。復興に向けた新たな一歩と言えるだろう。震災の惨禍を乗り越えるには、福島の復興が不可欠である、としている。

Wall Street Journal
福島原発廃炉、最難関は2020年以降 (2014.3.10)

福島第1原子力発電所の事故から3年たった今、運営会社の東京電力は溶融した核燃料の除去という最大の問題に取り組めるまでにはまだ6年かかると見ている。大地震と津波が同原発を襲い、6基の原子炉のうち3基でメルトダウンと爆発が起き、コンクリートと金属のがれきの山となり、チェルノブイリ原発事故以来最悪の原発事故になってから今月11日で3年が経過する。しかし、東電の最新の評価によると、3つの原子炉からの溶融燃料とがれきの除去を開始できるのは20年ごろと見られている。現時点で同社は、この取り組みをどのように始めるかもはっきりしていない。これらの原子炉の格納容器は漏れを起こしており、このことは格納容器を水で満たせないことを意味している。放射性物質の拡散を防ぐための水がなければ、現在の方法では燃料の除去は不可能だ。一部の専門家は、東電は現在のロードマップを放棄して、1986年のチェルノブイリ原発事故の時のように、最大の打撃を受けた三つの原子炉をコンクリートの壁と屋根で覆うべきだとしている。東京大学の井野博満名誉教授は、東電の計画について非現実的だとし、漏れをふさぐことを考えていおらず、漏れをふさぐのにどのくらい時間がかかるかはっきりしない、と指摘。井野氏は、溶融した燃料は空気で冷却でき、コンクリートで覆うことが可能だと提案している。ただ、東電の村野氏はこの考えに懐疑的だ。溶融燃料とがれきの状況は誰も分からず、これを放置して安全なのかどうか分からないので、除去しなければならない、と述べている、としている。

3年。こどもなら歩いて話して意志を持つだけの成長をする。中学や高校なら卒業する。ひとつの仕事をこなす目処とも思える3年。「遅い」との意見が目立つ。誰もがそう感じているだろう。この遅さの原因が何なのか、いまひとつ判らない。意思決定の遅さ。日本がよく指摘される問題点だ。今回も、そのまずさが露呈している。
なぜ決められないのか。なぜ進まないのか。すべてにおいて問題視されるこの問題を、私たちは真剣に是正した方がいいように思う。朝日や読売の社説にあるような状況は、あまりに不幸だ。
海外とのやり取りで感じるのは、考察の時間はどちらも変わらないように思う。むしろ日本の方が早い。調査や情報にも長けている。情報が出揃った時から、決断まで。そして、その後の実行。ここが常に遅い。
責任と権限がない?よくある図式だが、変化も見られる。決断の早いリーダーも増えてきた。
決めた時にできることが少ない?これは大いにある。委員があって、行政の認可があって、大臣の承認がいる。無駄だ。この無駄が責任感の欠如も招いている。変えるべきだろう。
決めたことについてこない?これも大いにあるだろう。協力できないなら去る。決まったからには従う。この踏ん切りを、着いていく側が責任を取らない場面も多い。
3年で3人の首相が替わったことは不幸だ。だが、首相しか決められないことばかりではない。もっと数々のリーダーがいてもいい。その人が決めたらついていく。信じられないなら去る。今度は現場に、責任が求められている。

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