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1245.アメリカの産業復興の戦略と日本の違い:アメリカに日本が学ぶべき点は何か

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サムライ、ニンジャ、ゲイシャにはじまり、ソニー、ニンテンドー、トヨタ…そしてマンガ、コスプレ、スシ、ベントウ…日本が世界に愛されているものは、多種多様に存在する。日本の文化の特殊性は世界のどこでも不思議、そして品質は最高。だから誰もが好きになる。

が…稼げない。私たちの苦手なところは、ここだ。
おもしろい、と思ってもらえることを売り込めない。売り込んだ時に確実に失笑されるほどの高額を言ってしまう。やがて…これは失礼な言い方に聞こえるかもしれないが、事実なのでリアルに書くが、中国の方々がマネをして、そちらがヒットする。ビジネスになりはじめると、そのノウハウがこぼれ落ちる。参入障壁ができて入り込めない。
小さな事例も、大規模なビジネスも、だいたいはこのパターン。つまり市場形成…マーケティングが下手なのである。

かたや、アメリカは、完全にマーケティングが極上だ。無理やりにでも市場を創り出す。
誰が遊園地がここまで世界を席巻すると思っただろうか。世界のこどもは、どれだけ洗脳されていると言われてもミッキーマウスに夢中だ。著作権はディズニーのためにある。これも事実に近い。
映画が産業になる?なった。ヨーロッパが忌々しいと思うほど、どんなに単純すぎて文化的でないと言っても、世界中で放映されているのはハリウッドの輸出品だ。
宇宙に行く技術も、GPSも、インターネットも、ゼロの場所に突然キャンプのようなものをはじめて、いつしかプレハブになり、ビルができていく。賑やかな雰囲気に寄せられて人がやってくる。参加者が楽しい。だからもっと人が集まる。「これが次の時代だ」と言いはじめる。そして、本当にそうなる。このマジックを何度も見せられると….敵わない。この市場創造こそが、もっとも困難な部分だと、誰もが知っているから。
  
  
なぜ、それができるのか。ここからは、私の意見。
彼らは、楽しんでいる。
彼らは、寛容である。
彼らは、守られている。
この3つが、日本と確実に違う。おそらく、中国がこれからジレンマに陥る部分でもあり、アメリカが才能を吸着していくポイントでもある。

楽しんでいる
マーケティングやビジネスは、眉間にしわを寄せてやる苦行のようなものではない。おふざけも多々ある。ユーモアがなければ人は集まらないと、小さい頃から教えられている。イベント会場での作業ぶりなどを見ていると、文化祭の飾り付けをしていると言ったら失礼だが…なぜビジネスにそこまでやるのか?の本質が「だってこうした方が楽しいでしょ?」を本気で考えている。サービスをつくる時も、マニュアルでさえそうだ。「こうやった方が儲かるじゃないか!」「この方がラクできるよ!」の時、彼らはシリアスではない。ワクワクしている。
  
  
寛容である
来る人は、拒まない。人を集めたいのだから当たり前なのだが、どこの国に行ってもあるような見えない壁。これが、アメリカが一番低い気がする。
やっちゃいけないこと。日本は多過ぎるのはご存知のとおり。他人を不快にさせないために配慮しすぎて、窮屈になっている。中国は無法。こうなると日本は勝ち目がない。が、ひとつだけ。共産党の目を、やはり気にする。特に、大きくなればなるほど。アメリカは法が厳しいが、大きい時はここに政治がコミットしてくれる。「今回は、好きにしろ。だから、成果を出せ」と。日本の行政や政治には、このマインドは皆無だろう。
  
  
守られている
失敗した時。うまくいかなかった時。笑って許してもらえる。失業?そんな時もある。アメリカでは、失敗は勲章のようなものだ。その代わり、ひとつのミスで平気でクビになる。偉くなればなるほど。だが、やがて平気でまた同じ仕事を別の場所ではじめる。
日本では?人生の終わりに等しい。自殺する人さえいる。家族まで巻き込まれる。これでは恐くて勝負などできないだろう。
  
  
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マーケティングのスキルにも差異はある。経験もアメリカの方が豊富だろう。だが、もっともやりにくいのは環境と人材である。常に存在する閉塞感と、失敗が許されない余裕のなさが、チャレンジの芽を摘んでいる気がしてならない。

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