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1090.報道比較2013.1.12

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緊急経済対策
日本経済新聞・社説
公共事業頼みの経済対策で終わらせるな
政府が事業規模20兆円を超える緊急経済対策をまとめた。停滞が続く景気を下支えし、日本経済の再生につなげるのが狙いだ。実質国内総生産(GDP)の押し上げ効果は2%程度を見込む。今回の経済対策は(1)復興・防災(2)成長による富の創出(3)暮らしの安心・地域活性化――という3本の柱で構成する。これらの財政支出を盛り込んだ13.1兆円の2012年度補正予算案を編成し、5.2兆円の国債を増発する。
今の日本が重視すべきなのは、新たな産業や技術の育成につながる施策だ。電気自動車の普及に欠かせない充電拠点の整備や、iPS細胞を使った再生医療研究に予算を投じるのは理解できる。設備投資や給与を増やす企業を税制面で支援するのもいいだろう。問題は国費の半分を占める公共事業の妥当性である。東日本大震災からの復興や老朽化したインフラの更新に一定の投資が必要なのは確かだが、不要不急の事業も紛れ込んでいるようにみえる。成長と財政再建の両立なくして、真の経済再生はおぼつかない。安倍政権は14年度からの消費増税をあてにするだけでなく、歳出の抑制にも本腰を入れるべきだ、としている。

読売新聞・社説
緊急経済対策 「強い日本」取り戻す第一歩に
成長を重視してデフレ脱却を目指す「アベノミクス」の第1弾である。迅速に実行し、日本経済の再生に弾みを付けなければならない。安倍政権が、国・地方合わせた事業規模が20兆円超にのぼる緊急経済対策を決定した。復興・防災対策、成長による富の創出、暮らしの安心・地域活性化の3本柱に約10兆円の国費を投入する。対策は、実質国内総生産(GDP)を2%押し上げ、60万人の雇用を創出するという。対策が、民間投資の活性化など企業の成長力を強化する姿勢を打ち出したのは評価できる。忘れてならないのは、成長と財政再建をどう両立させるかだ。大規模な財政出動に踏み切る結果、2012年度の新規国債発行額は当初予算と補正予算を合わせて約50兆円に膨らむ。民主党政権下で財政規律維持の目安としてきた年44兆円を大きく上回る。政府は、具体的な財政再建目標を設定し、中長期的な財政健全化への取り組みを急ぐべきだ、としている。

毎日新聞・社説
緊急経済対策 見えない再生への効果
政府が総額10.3兆円の「緊急経済対策」を閣議決定した。第2次安倍政権が発足してわずか2週間余りのスピード策定だ。政府は「これまでと次元の異なるレベル」と意義を強調するが、過去の自民党政権下で実施した景気浮揚策をさらに膨らませた、といった感が否めない。対策は「3分野」を重点化したという。(1)復興・防災対策(2)成長による富の創出(3)暮らしの安心・地域活性化−−である。「バラマキ」批判を意識したのかもしれないが、果たして「重点」と呼べるのか。経済対策には確かに「これまでと異なる次元」が含まれる。日銀が「明確な物価目標」を定め積極的に金融緩和を行うよう促している点だ。日銀総裁が出席する経済財政諮問会議などを通じて、政府が追加緩和の要求を強める恐れがある。金融政策を決めるのは、法律で日銀の金融政策決定会合だと定められていることを十分尊重すべきだ。緊急経済対策を盛り込んだ2012年度補正予算に続き、待ったなしで2013年度予算の編成が本格化する。今度は質と財政規律に十分、配慮したものにしてほしい、としている。

どの新聞も批判的な意見は多いが、対案を提示したのは日経のみ。これが日本のディスカッションを退屈にしている。
安倍氏の経済面での「3本の矢」という方針は国民に伝わっていると思う。少なくともマーケットには伝わっている。だから国債増加でも、公共事業でも評価は高かった。新聞はそこを読めていない。問題は最後の矢の成長戦略を経済財政諮問会議から創出できる案が出るのか、だ。私は半分しか期待してはいけないと思っている。成長は政府が作るのではなく、私たち市民が作るものだからだ。政府が作るのはその環境だけだ。政府への過度の依存体質を抜け切らない限り、日本に米国のような成長国家戦略は描けないだろう。
  
  
Financial Times
中国を滑稽に見せる検閲の愚 (2013.1.10)
言論と報道の自由は中国の憲法第35条で正式に保障されている。共産党はどうにかしてこの見解を、ある論評の言い回しを借りれば「党によるメディア統制は揺るぎない基本原則である」という教えと両立させようと目論んでいる。週刊紙「南方週末」の記者たちの短いストを招いた検閲行為は、普段以上に馬鹿げていた。広東省の検閲責任者である庹震氏は、法の支配(党の支配に制限を設けることを示唆する)を求めた辛辣な新年の社説を差し止めただでなく、次期国家主席の習近平氏を支持する記事を自ら書いた。共産党には、ジャーナリストたちに大きく譲歩するインセンティブはない。結局のところ、鄧小平が改革を進めた理由の1つは、党の政治支配を保ちながら経済的な自由を認めることで、天安門事件後の緊張を緩和することだった。完全で効果的な検閲も難しくなっている。ジャーナリストやその他の人々は、ソーシャルメディアを使って検閲をすり抜けることができるし、南方週末の取り締まりは、オンライン上で広範囲に広がる抗議を招いた。検閲は、それがいかに馬鹿げたものになったとしても、実証済みの伝統的な手法だ。少数の黒いペンの屈辱など小さな代償に過ぎないのだ、としている。

中国市民と政府が衝突するのは、時間の問題だ。やがてどこかでその日が来る。その混乱が少しでも小さい方が、部外者である私たちにとってはありがたい。
私の経験では、中国の人たちの愛情のレベルは、家族愛>国土愛>政治や歴史への愛の順だ。最後の歴史や政治への愛など、かけらもない。家族のためなら、彼らはどこへでも行く。離れていても、結束力は驚くものがある。見習いたいほどに。
日本はどうだろうか?私の知る限りでは、政治を抜きにすれば、歴史を愛している人たちは多い気がする。その愛の方が、国土を捨てることよりも強い。現時点では。

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